『?』


何が起こったというんだ。

幸村くんと顔を見合わせるのはいいとして、なんで幸村くんの膝の上に座ってるんだ?

クラスも特に女子がざわついている。


『えっと……?』


お昼休みもあと15分で終わるから混む前にお手洗いに行って戻ってきたところ。
どうしても幸村くんと同じ列にわたしの座席があるから、隣を通るのは仕方がないことだ。
彼の席を通り過ぎたときに、不意に腰骨のあたりを掴まれ、幸村くんの膝の上に尻餅をついたのだ。


幸村くんは真顔のままわたしを見下ろしてくる。状況の把握が出来ていない間は幸村くんの膝の上に横座りしたまま見つめ合っていた。


『あの、』
「何」
『降りていい?』


わたしのお腹に幸村くんの手が乗っていて、足も地面についていないし、上手く立ち上がれないのだ。


相変わらず無言のまま見下ろししてくるだけで、手も退けてくれないし、これはダメということなのだろうか。
というか、真顔怖っ。いつもみたいに微笑んでてよ。


「重い」
『ええ……』


口を開いたと思えば、女の子が気にする言葉ワーストスリーをよくも言ってくれたな。因みに他はブスと似合ってないだ。
だったらさっさと降ろせよ。思わず悪態をついてしまう。

仕方ないから無理に降りようとすれば、手に力を入れられてしまった。
その手を抓っても叩いても緩めるどころか、背中にも手が回った。


何なの。引きつった顔で幸村くんの顔を見た。
素知らぬ顔で頬も寄せられ、教室に悲鳴が上がった。

もう何なの!背中が粟立ち、身体は硬直状態。
百歩譲って膝の上に座ってしまったのは事故としよう。100パーセント引き寄せられたから故意だけど。
抱きしめて、頬擦りはダメだ。
幸村くんは恋人でも何でもなくて、クラスメイトの一人である。過度なスキンシップはセクハラと見做す。


『目を覚ませ!』


もう居たたまれなくなり、幸村くんの耳を引っ張った。
顔を上げた幸村くんはあからさまに不機嫌ですと、眉をひそめ睨みつけてくる。
悪かったけど、この状況を打破することの方がわたしには重要なんです!


「ぬいぐるみのくせに生意気」
『ぬ……!人間なんだけど!』
「じゃあ、人形」
『生きてるし、自我あるから!物じゃない』
「黙ってろ」


幸村くんから発せられたと思えない程の低い声に再び身体が硬直した。
はぁ、もう満足するまで大人しくしておこう。幸村くんの気まぐれには付き合ってやれない。


予鈴と共に、急に不安定な物に体重を預けていた。


『あの、幸村くん?』
「人形遊びが授業の邪魔になるから場所を移そうか」
『は?』


わたしは足を動かしていないというのに、教室から出て、廊下を移動している。
いわゆるお姫様抱っこってやつ。


「暴れたら地面に叩きつけるよ」


涼しい顔をして脅迫ですか。もう幸村くんがわからない。
状況が飲み込めてないのはわたしだけではなくて、廊下を開けてくれたすれ違う生徒もそうだ。


行き着いた空き教室。幸村くんはわたしを抱いたまま腰を下ろす。


「はぁ、抱き心地最高」
『左様ですか』


なんかもうどうでもいいや。別に脱がされるわけでもないし、手つきがいやらしいとかそういうわけじゃないし。


「姓は前々から抱っこしたら気持ち良さそうだなって思ってたんだよね」
『あんまり喜べない』
「誇っていいと思うけど?お尻も柔らかくて、太腿もむっちりしてて」
『金取るよ』
「ふぅん。いくら?」
『やっぱりいいです」


やっぱりセクハラだった。


「アニマルセラピーみたいなものだから何も気にしなくていいよ」


本当にただの癒しなんだ。
わたしは試しに幸村くんにもたれかかってみた。頭上から笑い声と、大きくて温かい手が髪を撫でる。

あ、これはやばい。寝る。