「このお店、ちょっと来てみたかったんだよね」
『そうなんだ』


幸村くんに連れられてきたクレープ屋。ポップでかわいい内装に甘いお菓子の匂いが漂っていて、いるだけで胸焼けしてしまいそう。
ここに来たかったってことは、幸村くんは甘いものが好き?


比較的女の子ばかりの、男の子がいると思えば大体カップルのお店の周囲。幸村くんを盗み見る視線と、彼の隣にいるわたしにも視線を投げつけられなんとなく居づらい。


「どれ食べる?」


店先のショーケースを睨んでいる幸村くん。少し似合わない気がして頬を噛んで笑わないように我慢した。
そうだなぁ。わたしもショーケースを覗き込む。


『えっと、このイチゴたくさん。あ、チョコバナナも美味しそう。クレームブリュレも』


あまり買い食いをしないため、どれも物珍しくて美味しそう。目移りしてしまう。


『すごいね!ケーキとかも入ってるのもある』
「何というか、雑だよね。そうだな、丸井がコレが美味しいって言ってたよ」


わたしが最初に悩んでいた山ほどイチゴのクレープ。
幸村くんも決まったらしく、わたしの分も頼んでくれたようで、店員さんが頬を染めて、焼きながらお喋りをしていた。


「はい」
『ありがとう。なんか幸村くんのトッピング大変なことになってない?』
「うん。店員さんがたくさん乗せてくれた」


わたしのクレープにもチョコソースとポッキーが刺さってるし、幸村くんのチョコバナナにもアイスとポッキーが刺さってるし、フルーツも盛りすぎてクレープの皮が足りてない気がする。


「向こうで食べようか」


幸村くんに手を引かれ、人にクレープをぶつけないように避けながら、広場のようなところに来た。
野外ステージになってるのかな?階段のようなコンクリートのベンチに隣同士で腰掛ける。


盛りだくさんのイチゴに、チョコソース。どこから食べたらいいのか。
右に左にクレープを回して、顔を汚す覚悟でかぶりついた。


『!美味しい』
「よかった。食べ物に関しては丸井は絶対だな」


幸村くんのほうがどこから口をつけたらいいのかわからないのに、幸村くんは男らしくガブリとかじりついていた。

頬にクリームとソースがついてしまっていたので、ハンカチで拭い取った。勝手な行動をしてしまったと思う。
幸村くんは唖然としていた。


「ありがとう」
『う、ううん。どういたしまして』


わたしは幸村くんから視線を外して、甘くて酸っぱくて少しだけクリームがぬるいクレープを頬張る。


「姓」


幸村くんが目の前に自分のクレープを差し出した。
確かに幸村くんのクレープは美味しそうだけど。かじるには抵抗があるというか。
目と鼻の先って正しくこのことなんだろうな。顔のすぐ側までクレープを運ばれ、困ってると視線を送っても幸村くんはとぼけた顔をして離してくれそうにない。


『おいひい!』


観念して一口かじれば、たっぷりのクリームとソースとフルーツで口の中がいっぱいになった。
幸村くんは満足気に笑い、空いた片腕でわたしのクレープを持つ手首を掴み、引き寄せクレープにかじりついた。
口の端に付いたクリームを見せ付けつけるように舌で舐めとる。


「こっちも美味しいね」


わたしは頷くことしかできなかった。
ドキドキして声が出なかった。
胸の高鳴りを誤魔化すためにクレープに再びかじりついたけど、幸村くんもこれをかじったんだよね……。

小学生みたいに妙に意識してしまって、なんだかあれだけ甘かったクレープに味がしなくなった。
これが切原くんの言っていた五感を奪うなのか。テニスに味覚は関係ないけど、私生活には大いに問題ありだね。


「今日は付き合わせたね」
『ううん。何事もなく帰ってこれたし』


真っ暗になる前に幸村くんは本当に家まで送ってくれた。
駅で立海生の姿を見ることもなく、無事に帰宅することができた。


『あ、クレープのお金』
「いいよ、気にしなくて」


カバンから財布を取り出そうとした手を幸村くんの大きな手のひらに押さえ込まれる。
知ってたけど、すごい力。攻防というか、完全にわたしが押し負けてる。


「じゃあね!早く家に入るんだよ」
『あっ!』


幸村くんが手を離せば颯爽と走り去ってしまった。
さすが運動部。逃げ足は速い。