「姓、今何かした?」
『えっ、別に!』
ストーカー(仮)の一件で、幸村くんとは時間が合えば時々いっしょに帰るようになった。
ふとストーカーが発覚したあの日のクレープのお金を結局渡していないと気付き、小さな封筒に500円玉だけ入れて、幸村くんのカバンのポケットにこっそり忍ばせた。
気付かれないようにそっと入れたはずなのに、くるりとわたしの方を見た。
訝しげにじっと睨まれ、悪いことをしたわけではないのに、いたずらを仕掛けてしまった気持ちになる。
お金を受け取らずに走り去ってしまったし、今きちんと渡しても受け取ってくれなさそうだから忍ばせたのに。
自白すれば、幸村くんは呆れたと言わんばかりにため息をついて、封筒をポケットから取り出した。
「渡された以上、返すのも失礼だから受け取るけどさ、気にしなくていいんだよ?」
『何もしてないのに奢られるのはちょっと気が引けるというか』
奢られることを当たり前にしたくないし、何かしたときの目に見えるお礼の品だと思うし、それにまだ経済的に簡単に奢ることは容易ではないし。
「お礼がしたいなら、……身体で払ってほしいな」
肩を引き寄せられ、わざと耳元で囁く。足先から頭のてっぺんまで震えた。
『じょ、冗談……』
「に、聞こえたかい?」
肩にあった手はするすると腰まで下りてきた。
わたしは首を横に振る。本気だから怖いんだ。
冗談でもタチが悪いというのに、冗談抜きで迫って来るんだから、本当にタチが悪い。
「まぁ、お礼されるようなことしてないから貰う予定はないけどね」
そう言ってにこりと笑ったけれど、目は変わらず虎視眈々とわたしを狙っていた。
恐怖で腰が抜けそう。
幸村くんの手が未だに回っているからなんとか立てているけど、その手が離れたらわたしはこの場で崩れ落ちるだろう。
崩れ落ちたとき、幸村くんは……考えるのはやめておこう。彼はわたしを抱え上げることも、引きずり回すことも可能なのだ。
「あ、そうだ。500円の臨時収入が入ったから公園で少し話そうか」
『幸村くん、時間は?』
「平気。少しくらい遅くなったってうちの親は部活と思うさ」
幸村くんに導かれるまま公園に足を運ぶ。子供達の帰った公園はジョギングする人がちらほらといるだけだ。
街灯の白い光が寂しさを際立たせた。
その一角にある自動販売機の前、幸村くんは適当なボタンを押す。
「はい、姓」
『ありがとう』
手渡されたミルクティー。学校の自販機にも売っている、保健室のお留守番をしている時に先生がよくくれる。
「もうとっくに気付いてると思うけどさ、俺、姓のことが好きなんだ」
カシャン。
わたしの手から未開栓のミルクティーが落ちた。
幸村くんは音に目を丸くして、それから固まったままのわたしの足元からミルクティーを拾い上げた。
「あからさまなことをしてたんだけど、気付いてなかった?」
えー、嘘でしょ。と幸村くんは呟き、わたしの手の中にミルクティーを戻した。
「姓?姓〜?名ー?おーい」
幸村くんがわたしのことが好き。
正直な話、そんなことだろうとは思いながら、まさかそんなはずはない自惚れるなという考えが占拠していた。
スキンシップは激しいし、所有物扱いだし、何かと守ってくれるし。少女漫画みたいだとケラケラと笑っているだけだったのに。
信じがたい言葉に考えているつもりで頭の中は空っぽだ。
『あの、わたしはどうしたら』
「うーん。とりあえずベンチに座ろうか」
促され、雨晒しで使い込まれた木製のベンチに腰掛ける。
ミルクティーを飲んで一息。
『じゃなくて、幸村くん、わたしのこと好きなの!?』
「うん。恋よりも愛しちゃった」
けろりと笑う幸村くんに、くらりと目眩がした。