「おはよう、姓」
『おはよう幸村くん。寝不足?』


大きなあくびをして席についた幸村くん。心なしか目の下にはくまがあって、寝癖も付いているような気がする。

幸村くんが寝坊するなんて珍しい。というか、いつも朝練に出ているし、予鈴に遅刻してくることはない。
そもそもまだ予鈴には充分な余裕がある。


寝起きってほどでもないけど寝ぼけている幸村くんは危険である。ある日の保健室での出来事。


「姓」


膝をポンポンと叩く幸村くん。うわ、デジャヴ。


恋人として膝に乗るのは、その前に乗ったときと別の恥ずかしさがあってためらってしまう。
恋人というカミングアウトはまだわたしは誰にもしていない。だから、クラスメイトはまたやってる程度にしか思ってないだろうけど。

世間の恋人や漫画の恋人はいとも簡単にやりのけているのが羨ましい。


「早く」


数秒も待たせていないのに、痺れを切らした幸村くんがわたしの手を掴む。
折れます。観念しました。お邪魔します。
いつも思うけど、わたしだって軽いわけでもないのに膝に乗せて足が痺れたりしないのだろうか。

わたしが膝の上に座ると満足げに笑って抱きしめてくれた。するとすぐに体重がかけられ、これは抱き枕にされたと悟る。
先生が来るまで寝かせてあげよう。


目の前に絶句した大男が二人立っていて、先生よりもずっとストイックで厳しい人が来ちゃったな。


「姓だったな。何故精市の膝に」
『乗れと言われたので。寝たのは寝不足だからかな』


柳くんの目の色初めて見たかも。
彼の隣に立つ厳格な彼は顔を怒りか羞恥かいずれにせよ真っ赤にして小刻みに震えている。


「幸村ァ!場所を弁えんか!!」


真田くんの怒号が窓をビリビリと震わせ、教室の中はしんと静まりかえり、至近距離でそれを受けた柳くんとわたしは耳鳴りのする耳を押さえた。
当の叱られた本人はすやすやと寝息をたてている。嘘でしょ。

幸村くんの態度に顔をヒクつかせた真田くんは手を上げそうになったが、柳くんが出直せばいいと諭した。
手と怒りを無理やり抑えた真田くんはもう一度わたしたちを見た。顔を歪めて、言うべきか言うまいか口をもごもごさせている。


「しかし、姓。この状況に何とも思わんのか」


幸村くんの膝の上にいる。しかも、白昼堂々と教室で。気に障って仕方がないらしい。


『これが初めてじゃないからなんだか慣れちゃって。わがままだし、強引イタッだし、わたしの意見は無イタタタッ!幸村くん起きてるでしょ!』


真田くんたちと話してる途中からだんだん幸村くんの腕の力が強くなってきて、最初は寝ぼけてるのかなって思ってたけど、締める勢いで力が強くなった。
幸村くん本人は目を伏せたまま首を横に振るけど、緩んだ口元が隠せてないですよ!


「精市が寝不足なんて珍しいな。何かいいことでも起きるのか?」
「少し学校に来るのが楽しみになっただけだよ。それで何の用だい?」


真田くんと柳くんが来たなら部活の話だよね。関係ないし部外者のわたしは退散した方がいいよね。
さすがに幸村くんも空気を読むので、腕の力は緩めてくれて、膝の上から脱出することができた。

隣の席のだから、話の輪にいない程度であまり変わらないのだけどね。