簡単な話、幸村くんの隣を通らなければいい。よし、賢い。

幸村くんの膝の上に尻餅をついて以来、時折引き込まれる。
大人しくしていればすぐに離してくれるのだけど、女子からの視線が痛い。


だから幸村くんの隣を通らないように心がけよう。と、したのだけど、幸村くんが通りすがりに頭を撫でるのだ。
わたしが予習してようが、携帯電話をいじっていようが、心ゆくまでわたしの頭を撫で回して去っていく。

幸村くんが意味が分からなさすぎて、どうリアクションするべきか分からない。
手を払うべきか、ささやかな抵抗として睨むべきか、なんでもないように無視をするべきか。


「あ、姓、枝毛があるよ」
『うそ。切っちゃう』
「貸して。俺が切る」


それもこれも幸村くんと同じ縦の列に座席があるせいだ。
今の席は黒板が見やすくて、チョークの粉が机に積もらない良い席なんだけど、そんなこと言ってられない。早く席替えしてくれ。


「ホームルームで話すこともないし、席替えするぞ」


よし。神様はわたしに時々味方をする。
賑わう教室の中で小さくガッツポーズをした。

幸村くんともっと距離を取りたいと思ってるときほど、隣の席のだとか前後になってより近くなるっていうのはフラグだ。お約束だ。が、そんな物語のようなことがあるわけない。


「よろしく」


あった。

机の中の物とカバンを持って、クジの番号と黒板に書き出された番号を照らし合わせる。
その指定された座席に荷物を置けば隣に幸村くんが座っていた。

うわ、何かの間違いだよ。神様仏様閻魔様ひどいよ。鬼。できれば元の席に戻りたい。

わたしの以前の席は……よし、村上さん。
彼女はテニス部の応援によく行ってると聞く。幸村くんと隣の席のならば、快く交換を受け入れてくれるかもしれない。


「ごめん、推してるの真田くんなんだ」
『そっかぁ』


推し?まぁいいや。

断られてしまった。他の子。この際幸村くんと離れられればなんでもいいです。


「姓さん、変わろうか?」
『いいの?』
「一番前になるけど」


派手なタイプで他のクラスの子と一緒にいるからあんまり話したことないけど、上野さんマジありがとう。
チョークの粉を喜んで被ります。


「席を変わるのは良くないんじゃない?」


ぽんと肩に乗った手。確認せずとも声で誰かわかる。幸村くんだ。


一度決まった席は移動できない。だけど交渉次第でみんな交換している。それを先生も黙認している。
果たして席替えの意味があるのか。わたしのような人の救済措置である。
断られたら素直に身を引く。以降交換禁止にならないための暗黙のルールだ。


「いいじゃん、幸村。姓さんがいいって言ってるんだし〜」


上野さんは唇を尖らせ、幸村くんに果敢にも文句をつける。
別人のように笑顔を向ける幸村くんを見ていると自然と顔が強張る。


「俺の隣が嫌かい?」
『そ、ウッ!』


ギリリと幸村くんの手に力が入る。
痛い痛い!

幸村くんを睨みつけるが、幸村くんの眼光のほうが強すぎて尻込んでしまう。


『そんなに隣の席がいいの?』
「逆になんで嫌なの」
『何かしてくるから』
「俺がお前の隣の席でそんなことした試しある?」
『……ない』


そもそも幸村くんの隣になるのはこれが初めてである。だから、隣の席の幸村くんが何かしたという試しはない。
ちょっとしたトンチ問答じゃないか。


「じゃ、上野ごめんね」
「姓さん、いいの?」
『代わっ……』


骨歪む!折れる!これでもかと指先に込められた力で声が出ない。
幸村くん、わたしのことアニマルセラピーだとか言っておきながら、本当に人形としか思ってないな?!


もう一度幸村くんは上野さんに謝って、わたしを連れて座席に戻った。
しばらくは幸村くんと隣の席だ。勘弁してくれ。


でも、確かに幸村くんが隣の席になってから彼は何もしてこない。飽きたのかな、助かる。
幸村くんがわたしと隣になることに執着した意味とは。