『真田くん』
「ん?あぁ、すまない」


テニス部は妙に消毒液や絆創膏、包帯の消費が早い。各部活の救急箱の管理は保健委員が半年に一度ぐらいのペースでチェックを入れるのだが、ここだけは月一だ。

血塗れのテニスをするとか、正直よくわからない。
あれだけ短い距離を走り回り打ち合うのだから、転んで擦りむくとかボールで打撲とかは分かるんだけど。


補充用の籠を持って後輩指導する真田くんに声をかければ、いつものことだから柳くんにその場を任せて部室まで案内してくれた。
場所は分かっているのだけど、勝手に入るわけにはいかないからね。


「あ」
『あ』


テニス部部室に入れば、幸村くんが着替えている途中だった。
ガッツリ上半身裸の幸村くんの姿を見てしまい、反射的にドアを閉めてしまった。


「姓、どうした」
『幸村くんが着替えてるから』
「そうか。幸村!姓が救急箱の補充に来ている。あとは頼んだ」


中にいる幸村くんに声をかけた真田くんはよろしく頼むと言って、コートへ戻っていってしまった。
待って、この状況で二人きりにされるのはとても困るのだけど。


『さなっ……!』


背後から伸びてきた手に避ける間も無く、口を塞がれ、お腹に回った手と共に背後へ引っ張られてしまった。
バタンと何事もなく閉まった扉。

手からすり抜けた籠は床に叩きつけられ、包帯や絆創膏はパッケージに入ったままの状態で床に転がった。


「見たね?」
『んーっ!』


目だけを動かし、わたしの肩に顎を乗せた幸村くんを睨みつける。

ヤバイ。身の危険を感じる。
踠いても手足は空を切るばかりで、幸村くんの腕の力が緩むことはない。
人は慌てると呼吸の仕方も忘れるようだ。
鼻は塞がれていないというのに、必死に口で呼吸しようと喘ぐ。


「……意地悪が過ぎたよ」


幸村くんの腕が身体から離れ、振り返り文句の一つでも言ってやろうかと思ったのだが、喉まで出かかった声は息と共に飲み込んだ。
腕で目を覆い、もう一度振り向いて床に散らばった絆創膏を拾い集めた。未開封でよかった。


『服着てよ!』
「ん?あぁ。俺、高いよ?」


まだ冗談言うか。
今なら裸の幸村くんの姿を見ても文句ひとつ言えるだろうと振り返ったときには、いつものように肩にジャージをかけてヘアバンドを首にかけている姿だった。
やっぱり言葉を飲み込んでしまった。悔しい。


「いつもそうやって補充してくれているのかい?」


ガーゼもサージカルテープも随分と減っていて、新しい物を救急箱に詰めていく。テーピングテープは部費や自腹でお願いしていて正解だ。
消毒液のボトルを振れば、高い水音がしてもういい加減尽きますよと主張していた。もうこれは新品に変えてしまおう。


『そうだよ。保健委員だからね』


幸村くんは特に珍しくもないだろうに、隣でわたしの行動を観察していた。
そんな風に見たってわたしはテニス部のものは盗りませんよ。


補充も終わり、救急箱に蓋をして元の場所に戻した。
救急箱のそばには部費で買ったのであろう汗に強い絆創膏の箱が転がっていた。


『立海の勝利のために多少の無茶もみんなするだろうけどほどほどにね。擦り傷まみれの部員が保健室に転がって来るんだから』
「手当もするのかい?苦労をかけるね。いつだい?」


幸村くんはコートに向かわず、近くの椅子に腰を下ろした。


『職員会議の日は保健室任されるけど……』
「ふーん」


質問をした割には興味なさげに足を組み、指を絡めた両手に膝を乗せてわたしを見ていた。


『幸村くん』
「っ、何」


組んだ指の爪が一枚割れていることに気付きその手をとった。
幸村くんは突然のことだったのか目を見開き、怪訝そうな顔でわたしを睨みつける。

そんなことを気にせず、割れた爪の状態を見る。指先が乾燥気味だし、部活や土を触っているときに割れてしまったのだろう。
二枚爪になっているだけだから、ヤスリで軽く磨けば悪化もしないだろう。
今、手元にヤスリもハンドクリームもないので、消毒しとりあえず切り込みを入れた絆創膏で雑菌が入らないようにした。


『油断すると化膿するんだから。こんなことでラケットが握れなくなるのは情けないよ』


一度ラケットが握られなくなった身の上の幸村くんは口を噤んだ。そして、絆創膏の貼られた指をジッと見つめていた。
貼りづらい指先だけど、切り込みを入れて綺麗に貼れていると思うのだけど。


『部活、行かないの?』
「行く。姓の用も終わってるね?」


頷けば、幸村くんの手のひらがわたしの背中を押し、一緒に部室を出た。


『部活、頑張ってね』


部室を施錠する幸村くんに手を振って保健室へ戻った。