『またなの、切原くん』
「またです。へへっ」
保健室の先生が職員会議に出てるからと任された保健室。毎度毎度現れるテニス部の後輩の切原くん。
何がどうしたらこうも擦り傷打ち身をするかなぁ。テニスってこんなに凶悪なスポーツだった?
わかったかのように、わたしの当番の日にひょっこりと現れる。
マネージャーやチームメイトに手当てしてもらえばいいものを、わざわざ保健室までやってきて。ここへ来たって同じ素人の治療しか受けられないっての。
「マジでボール痛てぇの。ほら見て真っ青!」
『ハイハイ。湿布貼るからじっとして』
脇腹にできた打ち身。青を通り越してもう黒い。見てられない。
湿布を貼り付け、テープで固定するけど、ちょっとわたしの手が触れるだけで痛いのだろうな。
『テニスってこんなに痣ができるものなの』
「ああ見えてボール結構硬いっスからね。それに幸村部長と真田副部長の球は格段に痛い」
『そうなの?』
真田くんは見るからに力が強いだろうけど、幸村くんが?
真田くんより細身で顔立ちや声から女性と間違えそうになるけれど、男だからといって特別パワーがあるように到底思えないのだけど。
確かにわたしの身体を抱き込むときに嫌ほどその力の強さを体感しているけれども。筋肉ダルマな真田くん並みにあるとは思えない。
聞けばこの打撲は幸村くんのスマッシュでできたものらしい。
幸村くんが人にボールをぶつける人間には到底思えないけど、弾んだボールが当たることもあるだろう。
それにしたって、ここにこんなにくっきり痕がつくなんて。
「ありえねーって顔してるッスけど、幸村部長には力無さそうって言うのはナシですよ」
『そうは思ってないけど……』
「うっそだー!」
「何が嘘なんだい?」
「ギャーーーー!出た!」
音もなく保健室に入ってきた幸村くんに両肩を掴まれ、椅子から転げ落ちた切原くん。落ちた拍子に痣に腕が当たったらしく、悶え転がっている。
切原くんは保健室の入り口に背を向けているために覗きに来た幸村くんに全く気付かなかったようだ。
わたしは保健室の扉の小窓から顔を覗かせた時点で口止めされていたので会話を続けた。
「もう動けるだろう。ほら、さっさと行く」
「へーい」
幸村くんに襟を掴まれ無理やり立たされ保健室の扉へ向かっていく。渋々猫背で向かうからまた真田くんに怒鳴られるだろうな。
その様子を幸村くんと見送る。君は部活はいいのかい?
『幸村くんも怪我?』
「いや、立ちくらみしただけで真田につまみ出されて。過保護だよね」
『前科ありだから、仕方ないよ』
姓もそう言うかと、ため息を吐いてベッドへ足を向けた。わたしの腕を掴んで。
板張りの床に靴下で立っているため、踏ん張りがきかず、ズルズルと運ばれていく。
そしていとも簡単にベッドに投げられた。
わー、本当に力持ち。
対して柔らかくもない保健室のベッドに投げつけられ、背中を打ち付けた痛みよりも、幸村くんの意図が読めないことに動けずにいた。
「身の危険感じたら?」
カーテンを引かれ、薄暗くなったことでハッとした。確かにどことなく危ない雰囲気な気がする。気がするのは幸村くんの雰囲気にそんなものが一切感じないから。
『あ、幸村くん、ジャージちょうだい』
体を起こしてベッドから降りる。入れ替わりにベッドに潜ろうとした幸村くんからジャージを剥ぎ取る。
ファスナーを閉めて胸の前で簡単に折り畳む。
その様子を幸村くんは掛け布団を持ち上げたままじっと見ていた。
『あ、ヘアバンドも』
「ん」
頭を差し出して、それはわたしに外せということなのだろうか。
手に触れた緩くウェーブのかかった髪は柔らかいのかと思えば結構硬い髪質だった。
ジャージと一緒にベッド脇の丸椅子に置いた。
「姓は何時までここにいるの?」
『先生が戻るまでだけど』
「じゃあ、その時起こして」
『うん、わかった。おやすみ』
「おやすみ」
幸村くんはひとつ大きなあくびをして布団の中へ潜った。
わたしは静かにカーテンの外へ出た。
予習でもして先生が来るのを待っておこうかな。気は進まないけど。