「おや、姓さんお一人ですか?」
『幸村くんなら寝てるよ』


ユニフォーム姿の柳生くんが保健室に顔を覗かせた。

中々先生は戻ってこず、というより職員会議が終わって職員室でゆっくりと仕事をしているのだろう。
いつまでも生徒に保健室を任せるなんてやっぱりどうなのだろう。

それは置いといて、一時間ほど経っているので様子を見にきたのだろう。


『待って、起こしてくるね』
「ありがとうございます」


柳生くんが靴を再び履くのは手間だろうと入口で待ってもらって、わたしは幸村くんの眠るベッドのカーテンを開けた。


『幸村くん、柳生くんが迎えに来たけど、もう体調は大丈夫?』


スヤスヤと穏やかな寝息をたてて眠る幸村くん。
綺麗な顔だなぁ。と、見惚れている場合ではない。
熟睡しているところに申し訳ないけど、何度か声をかけても反応がないから肩を揺すってみる。


『あ、おはよう幸村くっ、わっ!』


薄く目を開いた幸村くんがわたしを捉えるなり、肩を揺らしていた手を引いてバランスを崩したわたしは幸村くんに被さった。
彼の両腕が背中に回り、絞め殺す勢いで抱き締められる。締め上げる本人は再び瞼を伏せてまた眠りについてしまった。

寝ぼけてこの力なの。よく幸村くんの家の枕やクッションは耐えるな。


「何しとるんじゃ……」


わたしの声を聞いた柳生くんは靴を脱いで駆け込んできてくれたけど、柳生くんなのに全く違う人のようだ。
幸村くんに絞め殺される前に柳生くんみたいな誰かに助けを求めた。


「ちょっと待ちんしゃい。んんっ。……起きんか!幸村!」


柳生くんみたいな人は、鼓膜がビリビリするぐらいの声を張り上げた。真田くんみたいな声で。

さすがにこの声量には目が覚めたのか、幸村くんはわたしを腕に抱えながら上半身を起こした。
目はまだ薄くしか開いてないし、頭も動いていなさそうだし、体も起きてなさそうなのに、腕だけはわたしの力では抜けられない。


「……仁王か。どうかしたのかい?」
「参謀がそろそろ呼んでこいっての。どうじゃ?」
「平気。寝不足だったみたいだ」
「ほーか。で、その子、放してやったらどうじゃ?」


柳生くんっぽい仁王くんがわたしを指差し、幸村くんは腕の中のわたしを確認してから、頭を撫で始めた。

片腕はわたしの背中にしっかり回ったままで、柳生くんっぽい仁王くんと顔を見合わせた。
お互い意味がわからないという顔をしていて、その顔のまま幸村くんの顔を見た。

ベッドに倒れ込んで上半身を反らし、幸村くんの胸に体重を預けているとはいえ、腰がかなりつらい態勢だ。
胸を叩いて訴えかければ、渋々と放してくれた。


「幸村も意外と子供っぽいの」


仁王くんはそう呟くと先に保健室を出て行ってしまった。

確かに、わたしを所有物扱いしたり、人形がごとく、抱きしめたり撫で回したりする行為は子供っぽいかもしれない。


ベッドから立ち上がった幸村くんにジャージとヘアバンドを手渡す。
ありがとうと言って受け取った彼にヘアバンド着けてとか、ジャージ着せてと言われるんじゃないかとドキドキした。


「姓」
『何でしょう』
「ハグするよ」
『へ?』


わたしの意見も聞かず真正面から抱きしめられ、抵抗する間もなく、再び幸村くんの腕の中に戻ってきてしまった。


いつもは力技で膝に乗せたり、了解もなく髪を撫でたりするというのに、前置きされると意識してしまう。
ぴったりと身体を寄せ合って、幸村くんの身体に顔を寄せてしまうので、彼の花の香りの奥の汗と砂埃の匂いが……ダメだ。変態みたいだ。
身体に自分のなのか、幸村くんのなのかわからない鼓動を妙に感じてしまって、少しずつ顔や身体が熱い気がしてきた。


「よし、部活頑張ってくるよ。……あれ?姓?」
『な、何!?』


わたしから身体を離した幸村くんは固まったままのわたしの顔を覗き込んだ。
急にドアップになった幸村くんの顔を見るなり、思わず数本後ろに下がった。


「照れてる。かわいい」
『幸村くん、どっかに頭ぶつけたんじゃないの!?』
「ああ、寝ぼけてるのかもね」


幸村くんは楽しそうに笑った。なんか久しぶりに幸村くんが笑った顔を見た気がする。

じゃあねと、手を振り保健室を出て行った幸村くんの背中を見てから腰が抜けた。