会長に「春休みなんだから、多少の夜更かしは許容範囲。5分前に電話して、誰よりも早く祝いなさい。幸村くんは名のわがままくらい享受してくれる」と言われた。

3月4日23時50分。わたしは携帯電話を両手で握りしめていた。
たったボタンを3つほど進めるだけの行為にどれほど時間を使っただろう。


幸村はもう寝ているだろうか。いつもならわたしも幸村も眠っている時間。
3コールして取らなかったら寝てしまおう。変に起こして迷惑かな。取らなかったら朝に出直せばいい。


悩んでいる間にも刻々と時間は0時に近付いている。携帯電話の電波時計がそう告げているのだから狂いはない。

勇気を持って、発信ボタンを押した。その時に見た時刻は23時56分。


《……もしもし》


寝てたのかな。少し掠れた声の幸村の声が受話器から聞こえた。でも、2コールも鳴りきらないうちに出た。まるで待っていたかのようで、少しだけ期待してしまった。


『こんばんは。起こした?』
《ううん。待ってた。名なら0時にかけてくれる気がして。でも日付けが変わる前にかかってくるなんて思ってなかったよ》


受話器の向こうからクスクスと笑い声が聞こえた。
寝ずに待っていてくれた優しさと、はやる気持ちで恥ずかしくなった。


『よければ、ほんの少しだけ夜更かししませんか?』
《ふふっ、喜んで》


規則正しく回る針3本が一瞬全て重なった。


《あ、日付け変わった》
『お誕生日おめでとう、幸村』
《ありがとう。……あぁ、そうか、赤也や丸井あたりに取られると思ったな?》


わかりやすく肩が跳ねたと思う。面と向かってでも、テレビ電話でもなくてよかった。
胸の内も、わたしの行動も幸村にはお見通しなようで、それでもくすぐったそうに笑う幸村。


《ねぇ、今日デートしようか》
『でも……』
《家族は夕飯でお祝いしてくれるさ。というか、俺が会いたい。折角の特別な日なんだから》
『みんなは……』
《今日……昨日、か。もうお祝いしてくれたんだよ》


幸村は楽しそうに昨日の出来事を話してくれた。
真田が乗り気だったとか、丸井が張り切って二段ケーキを焼いたとか、切原と桑原のプレゼントが被っただとか。

わたしもつられて笑いながら、気を遣われてしまったと頭の片隅に思っていた。


《そうと決まれば寝坊しないようにもう寝なくちゃ》
『そう、だね』
《寂しい?》
『うん。でも、目が覚めたら幸村と会えると思ったらそんなに』


春休みに入ってから幸村に会ってなかった気がする。春休みに入る前にもう少しだけデートの約束をしておけばよかったと後悔。
新年度が始まったらまた幸村は部活の日々が始まるんだ。

だから、デートは嬉しい。何気なく予定を空けておいてよかった。


《そうだ。今日だけでいいんだけど、名前で呼んでほしいな》
『今日だけ?うん、わかった』
《じゃあ、おやすみ名。良い夢を》
『精市も。おやすみなさい』


どちらがともなく切られた電話。
胸があたたかいまま、布団に潜り込んだ。


チープな音を立てて、通知が一件飛び込んできた。
それは幸村からで、わたしとの電話中に丸井と切原から着歴が入っていたとのこと。