『卒業記念パーティー?』
「なんや姓ちゃん話聞いとらんかったんかいな」
『関係ないから右から左だった』


朝の集会が終わり教室に戻るまでの途中、忍足が卒業記念パーティーについてめんどくさそうに話し、その存在に気付いた。

まだ義務教育の身の上、当たり前にどんな成績だろうとこの校舎から追い出される。
その一人に跡部というめんどくさい生徒会長もいるわけで、学校が主催しようがしなかろうが勝手に盛大なパーティーが行われていただろう。


パーティー自体はこの学校に年に数回行われるので別に構わないのだけど、卒業記念は格が違う。
三年は強制参加の下、社交ダンスが行われるのだ。それも氷帝じゃ当たり前なんだけど。


「跡部のパートナーは指輪を受け取ったお嬢さんだけって話や」
『殺到するもんね……』


最後に跡部と踊りたいと思う女子はたくさんいるわけで、集会終わりの女子が色めき立っているのはそのせいか。


『忍足も指輪にしとかないで大丈夫?』
「まぁ、なんとかなるやろ。相手がおらんかったら踊ったるで」
『遠慮しとく。どうせパーティーもすぐ抜けちゃうし……あれ?』


わたしの席に朝日を受けてキラリと光る何かが置いてある。注視すれば、シルバーの指輪のようで、誰かの忘れ物だろうか。
席へ向かい、その指輪を手に取る。忍足も気になるのかわたしの手の中を覗き込んだ。

とてもシンプルで品のいい指輪だ。ニッケルや鉄の合金の安いものではなくて、多分銀製のきちんとしたもの。
お金持ち学校だからこういうもの持ってたりする子は多いし、うっかり置き去りにできるほどの価値でしかないのだ。

それにしたって、わたしたちの世代にはおとなしく、忍足でさえ似合わないかもしれない。


『いいなぁ、こんな指輪』
「はめてみたらええやん」
『誰のかわからないんだよ?盗んだとか言いがかりつけられるのもやだよ』


それにしても誰のなんだろう。教卓にでも置いておこうか。


「ククッ、受け取ったな!姓名!」


教室に黄色い声が湧きたち、口元を歪ませ、真っ直ぐにわたしの前に向かってきた。


『跡部のなら返……すっ!?』


手の中にあった指輪を跡部の手に乗せれば、渡した手を掴まれ、その指輪を右手の薬指の付け根に押し込んだ。
慌てて指輪を外そうとするが、朝なのにむくんで節に引っかかって上手く外せない。


「テメェは社交ダンスが苦手と聞く。当日までみっちり仕込んでやる。わかったな」
『待って!わたしは踊る気ないよ』
「受け取った以上断らせねぇよ」
『それは勝手に!』


やっと指から抜けた指輪を跡部に押し返す。それを跡部は受け取らず、わたしの手首を掴んで、ニヤリと再び口を歪めた。


指輪を見てみろと言う跡部の言葉に大人しく手の中の指輪を注意深く見る。
内側にわたしの名前が刻まれていて、わたしの眉間にも深くシワが刻まれた。
純粋な乙女ならばここで胸キュンして跡部に恋してもいいところ。わたしは違う。

それを跡部は面白そうに見ていた。


「じゃあ、頼むぜ、お姫様」


用は済んだと教室を出て行く跡部の背中を睨み、未だ手の中にある指輪を校庭に投げ飛ばしてやろうと振りかぶった。


「その指輪、高純度なプラチナだ。ありがたく受け取れよ」
『うっ!』


結局投げ棄てることは叶わず、指輪はブレザーの胸ポケットに丁寧に仕舞われた。