『うっ!』


放課後、跡部に攫われ、彼の家に来たと思えばメイドさんに脱がされ、頭のてっぺんからつま先まで採寸され、コルセット締められAラインワンピースを着せられた。履きなれないパンプスまで装備した。

急に締め上げられたお腹と曲げられない背中にグッタリしているわたしの姿を見て、跡部は鼻で笑った。


『息が出来ない』
「着物と似たようなもんだろ。まぁ、昔は締め上げ過ぎて背骨を折ることもあったがな」


馬鹿な人もいるんだな。お腹周りは背骨しか骨がないからいくらでも締められるけど……。
わたしの青褪めた顔を気にすることもない跡部は、わたしの手を取った。


「アーン?指輪はどうした」
『制服のポケット』
「こちらに」


わたしの制服の中にあったはずの指輪は、ビロードの貼られたトレーに乗せられ再び跡部の手からわたしの指に帰ってきた。
外してもまたわたしの右手の薬指に返ってきているだろうから、もうそのままにしておく。


『近い!』
「ここまで近づかないと踊れねぇだろ」


グッと背中を引き寄せられ、至近距離になった跡部の顔にほんの少し頬が熱くなった気がした。
何を思ったのか、跡部はグッと顔を近づけてきて、わたしは逃げるように背中を反らせた。


「目を合わせろ。ダンスは信頼からだ。パーティで恥をかくぞ」


そうだ。例え跡部が間違えても、周りはわたしのせいにするだろう。そしてきっと間違えるのはわたしの方だ。
卒業式に指差し笑われるのは勘弁したい。


反らせていた背中を起こして、ジッと跡部の蒼い瞳を見つめた。
大丈夫。跡部に身を委ねても。でも寄りかかってはいけない。自分で立たねば。


「強い女は好きだ」


満足そうに跡部は笑い、わたしの手を取り、わたしは跡部の腕に手を添えた。
オーディオプレイヤーから流れるワルツに合わせてステップを踏む。
そこにダンスへの苦手意識はなく、つむじ風に舞う花びらのように軽くつま先が踊る。

跡部のリードは勿論上手い。それよりもお互いに歩み寄る、楽しい時間にするのが上手いのだ。


「相手との距離感を掴むのが苦手だったんだろ。別にテメェは下手じゃねぇよ」
『ありがとう。跡部のリードがあってこそだよ』
「当然だ」


一曲を踊りきった頃には、当日もきちんと、堂々と踊れるのではないだろうか。
相手が跡部だから踊れるのか、忍足とも何とか踊れそうかな。向日と宍戸とジローはダメだ。


『ところで』
「なんで姓にしたのかって質問は受け付けねぇ。適当だ」
『……あっそ』


適当なくせに指輪の内側に名前なんて刻むかな。
問いただしてもきっと答えてくれないだろうし、きっと適当と言えるほど些細な理由なのだろう。

人前で嫉妬や冷やかしを受けながら踊るのは嫌だけど、選んでくれたなら最後まで全うしよう。嫌だけど。


その日からわたしの薬指に諦めと決意が輝いた。