誰かに話したらかなり恥ずかしい話かもしれない。
俺が一目惚れした話。
中学一年の学園祭のことだった。
暇だったから、クラスメイトの女子に演劇部の舞台を観に来てと誘われたから、講堂のパイプ椅子に腰掛けていた。
そこで衝撃的というか、運命というか、息が苦しくなるほど心臓が跳ねた。
胸に握りこぶしをあてて、舞台に感覚神経全てを集中させる。
舞台に立つのは煌びやかに着飾ったお姫様。
彼女は美しい。学園一の美女と言われているだけある。
勿論、共に舞台に上がる女生徒たちも美人で、男子も舞台映えをする顔立ちだ。
しかし、彼女らに全く興味なんてなかった。
俺が恋をしたのは、ナレーションの女性だった。
『走る、走る。東の山が光り始める。もう魔法が解けてしまう』
優しく、ゆっくりと、耳触りのよい声。
放送室の小窓には暗幕がかけられ、カーテンコールにも顔を出さなかった。
この声の持ち主はどんな人なのだろう。
声から容姿や性格を想像してしまう。彼女からすれば勝手な話だ。
それでも、あの声の持ち主なのだから、清らかな女性なのだろう。
「うーん、秘密なんだよね」
「そっかぁ」
二年生になったある日、意を決してクラスメイト演劇部の女子に訊ねてみた。
俺はわざとらしく肩を落として溜息をついた。
彼女は申し訳なさそうに眉をハの字にした。
あの声の持ち主は彼女ではない。
しっかり耳に残してある声よりかは少しだけ高いから。
「先輩は無口な恥ずかしがり屋でさ」
「先輩なんだ」
「あー……」
何もかもが秘密らしい。
彼女は視線を逸らし、頬を掻いた。
放課後、演劇部に覗いてもいいかと聞けば、あの人は部活に来ないと言っていた。
読み合わせも、本番前の数日の通しに顔を出すくらいで殆どいない。
迷惑だし嫌な奴だと彼女は言うが、先輩の演技力の前にはぐうの音も出ないらしい。
ますます気になってきた。
先輩だという事だけ、大きな収穫だろう。
浮き足立った気分で放課後の音楽室にピアノを弾くためにやってきたのだが、気怠そうに足を組んで、携帯をいじる女子がいた。
スカートは短く、耳に幾つかピアスを開け、俺が言えたことではないが明るい髪色の見るからに不良だ。
「あの、用事もないなら出て行ってもらえますか?」
非常に不快だった。何もかもを悪くしていく気がして。
不良は俺を一瞥してから携帯をポケットにしまい、カバンを持って立ち上がった。
食ってかかってくるかと思えば、口を固く噤んだまま。
俺の横を通り過ぎた時、強い香水の香りがして顔をしかめた。
あんな人は氷帝の制服を着ないでほしい。
声の主への気持ちはそっちのけで、あの不良への苛立ちをピアノにぶつけた。