「はは、そりゃ災難だったな長太郎」
「最悪な気分です」
音楽室であったことを宍戸さんに話せば笑われた。
俺がこんなに苛立っている姿を見るのが久しぶりだからだと言った。
「あーそれって、姓じゃね?」
「姓な、あいつ確かにヤンキーだな」
ストレッチをしながら話を聞いていたのか、向日さんが口を開いた。
名前を聞いて誰かわかったのか、宍戸さんも頷いた。
姓さんは向日さんのクラスメイトだという。
見るからに不良だが、根はとても真面目でいい奴らしい。
だけど、常に睨みつけるような視線と固く噤まれた口のせいで敬遠され、クラスでは異質で、向日さんもあまり話したことがないという。
授業の態度も最悪で、教科書もノートも取るわけでもなく、窓の外や本を読んでいるらしいが、テストの成績は首位にいて、教師も注意しづらいらしい。
一匹狼という言葉が異様に似合う彼女。
あの時音楽室にいたのも何か理由があったのかもしれない。
どこの誰かわからない不良に頭ごなしに追い出してしまったことに、今更ながら罪悪感が湧いてきた。
「あいつ、喋るのが苦手なのか知らないけど、音読とか当てられたときにしか声を出さないんだよな」
「ちゃんと応えられるのですね」
「おう。落ち着いてて聞きやすい上に、面白いんだよな」
「面白いとは?」
周りはきっと怠いとか面倒くさいとかいう理由で口先だけでボソボソと読み上げる中で、聞き取りやすい声で読み上げることは非常に良いことだと思う。
誰が読んでも同じ文章なのに、面白いとはどういうことだろう。
姓さんの見た目や聞く限りの性格から、わざと改変したりして読むようには思えない。
「感情的っていうの?ほら、落語とかあんな感じ!あいつ演劇部らしいし」
演劇部?あの人が?とても舞台に上がる人間には見えなかった。
どちらかといえば、ダンス部や軽音部にいそうな見た目だった。
向日さんの話を聞いてからは、協調性のなさに何処にも属していないと思っていた。
でも、教科書に載るような文章を面白く読むような実力の持ち主。
もしかしたら、ナレーターの彼女なのか?
そんなはずないと、頭を振る。
だけど、声を聞くまでどうこう言えないし、姓さんの声を聞く機会なんていつ来るか。
そうだ。演劇部の子に聞いてみようか。
内緒とは言っていたけれど、名前を挙げれば白状してくれるか?
「おい、突っ立てないでランニングに行け、鳳」
「ハッ!すいません、行ってきます」
宍戸さんも向日さんも気付けばいなくなっていて、跡部部長に声をかけられるまでずっと考え込んでいたのかもしれない。
今は部活だ。気を引き締めなければ。