「今日俺暇だから好きにしていいですよ」
『あんたねぇ……』
移動教室のすれ違い様にとんでもないことを吐かれた。
周りがざわついたし、君の隣にいた柳くんも目を見開いてたし。
「好きにしていい」はモデルになる時間があるよってことなんだろうけど、なんかわたしが幸村くんで遊んでるみたいじゃん。
女子からの冷ややかな視線。
部活でモデルになってるのとか言えばいいんだろうけど、部室に来られるのは困るし。
騒がれる、じっとしてもらう幸村くんとわたしの集中力が削られる。
前は恥ずかしい体制でキスされまくったし、誰かにいてもらう方が彼も行動しにくいだろうか。
深いため息を吐く。
美人という言葉がぴったりの幸村くんだから一度描いてみたかった。
たまに補講で来て、話してるうちに無理なお願いでも聞いてくれたりするかな?って思ったのが間違いだったのかな。
補講に来ている姿を黙ってスケッチしたって怒らなさそうだけど、失礼だと思った。
それに、いつ誰かにスケッチを見られでもしたら弁解もできない。
だから、お願いをした。
軽い冗談のつもりで交換条件をのんだけど、あんなことされると思ってなかったし。
この間描かせてもらった時にまじまじと彼を見て描いてるうちに、深みに嵌っていく気がした。
ちょっとした興味だったのにな。
綺麗な泉だったのに泥沼だった。
6限目が終わりHRで担任がプリントを配るだけ。
明日も現代文あるし教科書置いていくかなぁ。
カバンに荷物を放り込んでいると、廊下から女子のきゃぴきゃぴした声が聞こえた。
「名先輩」
廊下から手を振る幸村くん。
……呼びに来たのか。
よいしょとカバンを肩にかける。ズシリと持ち手が肩に食い込む。
やっぱりもうちょっと教科書置いて帰ろうかな。
机の横に掛けたスケッチブックが入った手提げを持ち、教室を出た。
「カバン持ちましょうか?」
スルリと肩からカバンが抜かれる。
幸村くんはその重さに少し驚いていたけど、自分のカバンの反対側の肩に掛けた。
「行きましょう」
『ありがとう。でも、迎えに来なくてもいいよ?』
「早く会いたくて」
『なにそれ。彼女にいいなよ、その気にするよ?』
「その気にしてください」
なんだそれ。綺麗な泥沼め。
美術室に入ると今日も他の部員はいなかった。
後から入ってきた幸村くんが扉の暗幕を引いた。
ストーブを点けて振り返ると、幸村くんはブレザーとセーターを脱いでいた。
『寒いよ?』
「ヌードじゃないんですか?」
『違うってば!まぁ、楽な格好をして。長い間じっとしてもらうし』
わたしも動きにくいからブレザーを脱ぐ。
ストーブの周りの机を動かして空間を作り、美術準備室の鍵を開けてソファを引っ張り出す。
重い。足が滑る。
「手伝います」
幸村くんがソファを引いてくれたおかげで、すぐにセッティングが終わった。
ストーブの近くに陣取ったソファ。
その前に一脚、わたしの椅子を置いた。
『楽にして。本とかあれば読んでて』
「了解です」
幸村くんは本を持ってソファに寝転ぶ。
2人掛けのソファだが、彼の足が長いために余らせ肘掛から投げ出していた。
『幸村くん、本当に中一?』
「見えませんか?」
美形で落ち着き払った態度、楽な格好になるために第二ボタンまで外し緩めたネクタイ。
中一と疑わしいくらいの色気が出ていた。
これは高校生になるころには雰囲気で女を抱ける奴になりそう。
『今の身長は?』
「入学前の測定で160センチでした」
『まだまだ大きくなりそうだね』
身長の話題でごまかした。
色気があるなんて言ったらどんな顔されるか。
スケッチブックを持って幸村くんの前に座る。
ガチャン。
「あれー?鍵かかってる」
「本郷先生休みだし、今日は部活休みかな?」
鍵?
声からして美術室の前にいるのは、井上さんと高山さんだ。
わたしは鍵を開けに立ち上がろうとしたとき、幸村くんに手首を掴まれた。
唇に人差し指をあて、静かにと笑う。
幸村くんの仕業だ。
入った時に暗幕を引いたのは、わたしに鍵をかけたことをわからなくするためだ。
「じゃあ、アイス食べに行こう!」
「いいねー!」
二人の声が遠くなる。
活動日にせっかく部活に顔を覗かせてくれたのに、帰すことになってしまった。
「邪魔、されたくないので」
『悪い子』
幸村くんは目を伏せてクスクスと笑う。
「先輩もすぐ逃げられませんね」
開いた目はあの時の目だ。
手首だけじゃない。この目に心臓も掴まれてる。
ドキドキする。これから小一時間見つめるというのに。
顔を見なければ、緩く開かれたシャツから見える胸筋。
どこを見ろっていうのよ、本当、勘弁して。