『おはよう、弦一郎くん』
「む、あぁ、おはよう」


弦一郎くんに珍しく歯切れの悪い挨拶が返ってきた。さっきまで遠くからでも聞こえてくるぐらい声を張っていたのに。
正式にお付き合いするようになった次の日からだ。

弦一郎くんが目を合わせてくれない。精市くんとお話ししていても話に入らないどころか、どこかへ去ってしまう。


「避けられてるね」
『やっぱそう?』
「真田、姓さんと話すのが急に照れ臭くなったんだろうね」


精市くんと柳くんと副会長ちゃんはわたしたちの様子を気にかけてくれた。

高校生の男子と女子の距離感って、きっと今のわたしたちのような他人だけの仲間みたいな感じなんだろうけど、今は大げさに距離を取られてる。
教科書を借りる時も、他愛のないお喋りも一言交わして追い返される。

無視ではないけれど、構わないことに寂しさと沸々と怒りが湧いてきた。


四人で腕を組んで考えてみても打開策は見つかるはずもなく、原因を探してみることになった。

恋人同士になったから、ではない。許婚だったし、弦一郎くんの口から昔からわたしを慕ってくれていたようだった。両思いになったからというのも、なんだか違う気がする。


「あっ、名の振袖が可愛すぎて顔が見られないんだ!」


え、そんな理由で?
柳くんと副会長ちゃんは精市くんの携帯画面を見て何か納得していた。


「試しに化粧と髪を巻いて校則破ってみようか」
「それなら弦一郎が声をかけざる得ない状況になるな」
『え、ええ』


副会長ちゃんの提案に面白がった柳くんがギャルを捕まえて顔も髪も制服も弄られた。

地毛のまま綺麗に巻かれた髪。お見合いの時よりずっとバッチリ決められた化粧。
自分を映しているのに、全く別の誰かが鏡に映っていて、不意に視界に入ったらびっくりて避けて歩いてしまう。


背中を押され、弦一郎くんがおそらくいるであろう場所へ向かう。部活のない日、たまに学校の書道室にいる。柳くんの予想なのできっといるのだろう。

軽く墨で汚れた引き戸を開き、薄暗い玄関と締め切られた障子戸の向こうに人の気配がする。


『失礼します』
「……名か?」


お互い聞き慣れた声だ。姿が見えずとも誰だか一目瞭然だ。

控えめに障子を開け中に入る。
わたしの入室で集中が途切れたのか、筆を置いて半紙に向き合う弦一郎くんはわたしを見るなり目を見開いた。


「名!なんて格好を!」


険しい顔をした弦一郎くんは勢いよく立ち上がり、硯の中の墨や筆が飛び上がった。
彼の制服が机が畳が汚れてしまう。転がり落ちそうな筆に気を取られていたら、弦一郎くんに両肩を掴まれた。


「答えろ、なんでそんな格好をしている」


怒鳴り問い詰める弦一郎くんの姿を初めて見て、目尻にジワリと涙が浮かんだ。
久しぶりに目を見て話せたと思ったのに、こんなお説教だなんて。


『うっ……ふっ……っ』
「いじめられてるのか!?ちゃんと話さんか」
『違っ……弦一郎くんがっ……ひっ』
「俺が?」
『最近話してくれないのが寂しくて』


感情全てが押し出され泣き喚くわたしを弦一郎くんは泣き止むまで背中をさすってくれた。貸してくれたハンカチにファンデーションやアイメイクで汚してしまった。