「その、意識してうまく喋れんのだ」
『そんな事だろうと思った。精市くんもそう言ってた』
「む……」
ひとしきり涙を流し切ったわたしはきちんと弦一郎に全てを話した。納得がいかないと言った表情を浮かべた弦一郎くん。わたしは腫れて細くなった目をさらに細くして笑った。
「先ほどの化粧もまた違った雰囲気になるな」
『でも悪くないよね。可愛いでしょ?』
「校則違反だ」
『そういうと思った』
泣きじゃくってドロドロになった化粧どうしよう。顔を洗ったくらいでは落ちないし、クレンジングなんて持ち歩くものでもないし、生徒指導室とかに行けばあったりするのだろうか。
風紀委員である弦一郎くんでもよくわからないようだ。
ちょっとこの顔で街を歩くのは恥ずかしいな。
「人が来そうなら俺に隠れればいい。送る」
出していた道具や乾燥中の半紙を片付け始める。手伝うといえば汚れるからと、部屋の隅で待てを食らってしまった。
下手に広げた新聞紙を畳んだりすると、弦一郎くんが転びかけたり、破いて散らかしかねない。
暇なので、綺麗に巻かれた髪を弄って遊ぶ。
「俺は何もしなくていいと思う。似合っているがどうも別人のように、突然成長してしまったように思える」
『そんなに違う?』
「化粧は大人がするものだという考えがあるせいかも知れん。先日の見合いもそうだった」
キッチリのブレザーを着て、差し出された手を取り立ち上がる。残念ながら足が痺れずに長く座っていられる方法を知っているから、よろめいたりなんかしない。
でも、立ち上がる瞬間、見上げないと見つめることのできない顔がぐっと近づいて見えた。
刹那、視界が暗くなり小さく声を上げた。
「……帽子も貸してやろう」
『ありがとう』
少しだけ緩い帽子を深く被る。
弦一郎くんが昔からしている帽子。お気に入りの麦わら帽子を風に飛ばしたときも貸してくれた。あの時は女の子は日焼けを気にするでしょって精市くんが勝手に奪って被せたんだっけ。
「名もいつか化粧を毎日するのだろうか」
『するんじゃないかな。お化粧1つで印象変わるし』
「だとしたら素顔を見るのは俺だけになるな」
微笑を含んだ言葉に弦一郎くんの顔を見ようとすれば、帽子のつばを掴まれ、目元まで帽子が落ちてきて視界が真っ暗になった。
「今は素顔で街を歩くことを許しておこう」
ぽっぽっと身体が熱くなった。弦一郎くんはそんな恥ずかしい台詞が言えちゃうんですね。後で精市くんにこっそり報告しておこう。
弦一郎くんの独占欲に嬉しくなり、思わず鍛えられた腕に抱きつく。
馬鹿!よせ!と振り払おうとするものの、満更でもないのか本気で払う様子はない。
よりぎゅっと抱きしめれば鼻を鳴らして歩き出した。
好きな子には甘いんだね、弦一郎くん。
『精市くん!また弦一郎くんが話してくれない!』
「もう毎日化粧しなよ」
次の日、いつも通りで登校すれば顔を逸らすばかりで精市くんに呆れられてしまった。
その日の夜に化粧品を買い込み、朝ほんの少し早くに起きて、バッチリメイクで登校するようになった。