よし!ショートブーツの靴紐を締めて立ち上がる。今日は精市くんと初デート。今まで何度か二人で出かけたことはあるけど、恋人となって出かけるのはこれが初めてだ。
リビングにいるお母さんに声をかけて玄関を開けて、閉めた。デジャヴ。

カバンから携帯電話を取り出して、着信履歴の真上にいるアイツに電話する。3コール鳴り終わる前に受話器は取られた。


『駅で待ち合わせじゃなかったの!?』
《待ちきれなくて迎えに来ちゃった。出ておいで》


コンコンと扉をノックされる。待って。心の準備が。


《早く。顔を見せて》


もう一度鏡で髪をチェックして、ゆっくり扉を開けた。


「待ってたよ」


目の前と耳元で同じ声が聞こえる。お互いの耳元でから携帯電話が離れていくのを見送り、空いている手を差し出される。その手に添えるより早く手を掴まれ歩き出す。


「今日も可愛いよ。おめかししてくれたんだね」
『ぅ……。幸村も今日は一段と眩しい』
「ふふ。目を逸らさないでね」


目を細めて笑った幸村は本当に眩しくて、綺麗で、早速目をそらしてしまった。それでも幸村は嬉しそうだった。


『行きたいところがあるって言ってたけど』
「お庭の綺麗なカフェがあってね。たくさん人が来ると困るから口コミも断るんだって。ハーブティとケーキが美味しいらしいよ」


ちょっと高校生にはおませなデートじゃないかな?と思いつつ、幸村が嬉しそうだからまぁいいやと、並んで歩く。


今日の幸村はなんだか違和感がある。何というか、緊張してる?今日は一度も抱きついてこないし、口数の多い人ではないけど、会話もなく歩くということはない。
笑い話で盛り上げようなんてことはしないけど、この花が咲いたから春だねとか、なんとなく野良猫を呼んでみたり、明日の話をしたりするのに。
不思議と幸村をじっと見ていたようで、むず痒そうにはにかむ横顔は深く息を吐いてわたしを見た。


「柄にもなく緊張してるよ。名を楽しませてあげられないかも」
『いつも通りでいいよ。気取ったデートしなくても、いつもみたいに買い物をして、スタバで話して……』
「彼氏として、最初くらいは、さ。それに俺はこれから先、テニスに集中するし、名は専門学校に行くんだろ?」


この春からはお互いの道を行く。これまで以上に幸村と当たり前に過ごすことは難しい。
わかっているけど、突きつけられた離れ離れという言葉にギュッと胸が苦しくなった。


「着いたよ」
『……幸村の家じゃない』
「そうだよ。ケーキは一緒に作ろうか」


なるほど。そういうことか。
幸村は去年の誕生日にケーキを焼いてプレゼントしたときに、世界で一番美味しいよなんて言ってくれたかな。

グイグイと手を引かれ家に招かれる。チラリと見えた庭には、ウッドテーブルとチェアがセットされていた。
靴を揃えるよりも早く幸村に抱え上げられ、キッチンへ運ばれる。

キッチンにはすでに常温に戻してある卵やバターがあって、わたしと幸村のエプロンも置かれていて、一緒に作る気満々なのが可笑しい。


「奥が深いなぁ、ケーキ作りは……」
『ちょっと幸村は力が入りすぎなんだよ』


メレンゲを泡立てるのは上手だけど、生クリームはバタークリーム寸前。クリームを塗るのは上手だけど、絞り出すのは爆破しちゃう。
包丁を使う機会はあまりなかったけど、結構不器用かもしれない。
不恰好なショートケーキができて幸村は少し落ち込んでいたけど、その代わりにハーブティーを張り切って淹れてくれた。


お庭に出て、ハーブティーを一口飲む。


『美味しい』
「でしょ。ショートケーキに一番合うのを探してきたんだ。それも、名のね」


そう言って幸村はケーキを頬張る。美味しいと大切に食べるから、ほんの少し見惚れてしまった。
悔しいな。顔も物腰もイケメンだから何してもときめく。好きになった弱みかなぁ。


「でも、惜しいなぁ。クリーム付いてるって舐めてみたかったのに」


ナシナシ。この男には惚れてません。なんてことを言うんだ。
もしかしてデコレーションのときにクリームを爆破させたのも、もしかしてそのためなのではないだろうか。
軽蔑の眼差しを投げるものの、幸村は知らん顔でハーブティーを啜っていた。


「ねぇ、キスしていい?」
『ずっとタイミングはかってたでしょ?』
「バレてた?」


何だかんだ幸村を長く見ているから何となく彼の考えていることがわかる。少し唇を触ったり、わたしの顔周辺に触れようとしてきたり、さっきのクリームの話もそうだ。

わたしは幸村に体を向けて、目を閉じた。暗くなった視界の向こうに幸村を感じる。


『ヘタレ』
「う、うるさい!」


幸村の唇が触れたところを撫でる。唇の端。
幸村のことだから、多分わざとここにしたのだと思う。外すはずないもの。


『お返し』


わたしは幸村の頬にキスをした。
呆気にとられ、顔を真っ赤にした幸村はクリームがたっぷりついたイチゴを頬張った。


「次は絶対に口にするから」


悔しい。けど、認めたくないけど、緊張するし、恥ずかしいのだろう。


『お待ちしてます。精市さん』


わたしも照れ隠しに幸村を精一杯煽るのだ。