「ふふ、蓮二から聞いたよ。ついに付き合い始めたんだってね」
『は?』


幸村と共に屋上の清掃をしていたら、とんでもない話題を振られて、今日一番低い声が出た。
幸村も首を傾げて掃除をする手を止めた。

わたしは柳と付き合っている記憶もないし、告白された記憶……はあるけど、それに頷いた記憶はない。
毎朝下駄箱に手紙が置かれているし、廊下ですれ違えば軽く挨拶くらいは交わすけれど、トイレや移動のたびに会うのは異常だと思う。タイミングを図ったかのように、というか、謀っている。


「付き合っちゃえばいいじゃないか」


ひどく軽々しく言う彼に頭を抱える。

文句のつけようがないじゃないかと、幸村は言うが、態度が気に入らないのだ。小馬鹿にして、何癖つけてわたしの隣を陣取って、友人に虚偽を教えるような奴。


『キミならわかるでしょ。好きでもない子に言い寄られる気持ち』
「蓮二は一途だなぁ」
『おい』


自分から話を振ったくせに、放り投げて作業に戻っちゃったよ。


柳との出会いは、三学年に上がってから、美化委員の委員長になってからだ。
面倒ながら生徒会議に出席せねばならないため柳と……生徒会と必然的に関係ができる。


「姓が委員長になる確率97%。これからしばらくの間、仲良くしようではないか」


この頃は普通だった。わたしは柳と話すのは初めてだったし。
いやでも、思い返せばわたしが委員長になることを知っている様子だった。
それからだ。特に理由もなく話しかけられるようになったのは。


「周りの奴らは結構前から付き合ってるって思ってるよ」
『えっ。わたし結構柳を罵ってるよね……?』
「いつも顔を赤くして走り去ってたらなぁ。あまり説得力ないよ」


「今日は前髪を留めているのか。かわいいな」
「寝癖がついている。おっちょこちょいだな」
「視聴覚室はエアコンが効きすぎている。俺のカーディガンを持っていけ」


思い出される柳との会話。その度に柳にバカって言い続けているんだけど。流石に最後のはありがとうって言ったけど。
柳の言う通り視聴覚室は異様に冷房が効いていて、彼のカーディガンにお世話になった。今思うと、柳のカーディガンを持っているあたりで決定打だったかもしれない。


『毎日恋の詩したためて下駄箱に入れる男なんだけど』


彼のボキャブラリーや語感の良さには舌を巻く。わかりやすいのだ。美しい情景に隠された心情が。
好きの二文字で伝えてしまえばいいものを、どこをどう好きになったのか長ったらしく述べたい言葉を簡潔に景色にしてしまう。

それを聞いた幸村はくすくすと笑い、今日に足でチリトリを押さえ、集めたゴミをポリ袋に入れた。


「読んでるんだね、手紙」
『まぁ……。幸村はラブレター読まずに捨てるの?』
「断るのもつらいから捨てるよ」


そう言ってポケットから取り出したピンク色の封筒をポリ袋に放り入れた。
返事を書かない分、わたしが柳にしていることは同じだなと、ポケットに入ったままの今日の手紙を服の上から撫でた。


「蓮二は姓が読んでいることを知って毎日渡してるんだと思うよ」


幸村は袋の空気を体重をかけて潰したポリ袋の口を持って掃除用具をわたしに預けた。


「姓も恥ずかしがってないで自分の気持ちを話してみれば?蓮二の勇気を讃えてさ」


幸村はそう言って屋上を出て行った。
こういう時、都合よく出てくるのが物語というもので、入れ違いに柳が扉から現れた。
その手にはビニールの袋が握られていて、手招きされる。

今の今まで話の中心であった彼に警戒してしまう。目を合わせはしないけど、柳からは目を離さない。
そのわたしを見て柳はどう思ったのか、笑ってチッチッと口を鳴らす。猫か何かと思っているらしい。


「たい焼きだが、食うか?」
『……食べる』


たい焼きを持ってる柳には罪があるが、たい焼きには罪はないと思う。


掃除用具を置いて手を洗ってたい焼きを受け取る。温かくて、先生か誰かに頂いたものを分けてくれたのだろう。


『柳、どうして想いの伝わらないのに頑張れるの?』


うんうん悩んだところで、タイミングを逃すぐらいならと思い切って切り出す。
柳は笑った。咀嚼が終わるまで口を開かないあたり彼らしいと思う。


「俺がお前が好きだということは伝わっているだろう。俺はそれでいい」
『寂しくないの?』
「寧ろ楽しい。恋人ではないからこその楽しさが今ここにある」


強がりでも何でもなさそうで、本当に今が楽しいと顔に書いてある。
最後の一口を口に放り込んで立ち上がる。


『じゃあ、まだそれを楽しんでたら?たい焼きご馳走さま』
「ふ。そうさせてもらう。……意地っ張りもほどほどにしておけよ、姓」
『ばーか!』


妙に反響してしまった声が恥ずかしくて荒っぽく屋上を出てきた。
一階まで駆け降りたから心臓がやけに激しく動いてなんだか苦しくなってしまった。


『バカ柳』


苦しい。運動不足ってダメね。
深呼吸をして息を整えても早いままの鼓動が疎ましく思えた。