「姓さんさぁ、衣食住って言葉を知っているかい?」


バイトから帰ると部屋の前に管理人の幸村さんが扉にもたれかかって立っていた。
背中に嫌な汗が垂れる。疲れ切って丸まった背中がしゃんと伸びる。

幸村さんはにこにこにこにこ。それでも、俺は怒っているんだよ。というオーラが隠せていない。というか隠してない。


大学生活が始まって三年。ようやく貯金で始めた一人暮らし。それが始まって半年。
腹をくくるか、首をくくるかの選択肢だけが残りました。


『あと一ヶ月待ってください』
「うん。それは三ヶ月前にも聞いたね」


新しいマンション。駅からは遠いけれど、スーパーも大学もそれなりに近くて家賃三万円の比較的新しく綺麗なワンルームマンション。壁も厚くて、住民の穏やか。
そんな初めての一人暮らしに最適なところなんだけど、食費に光熱費に参考書代に、遊びは切り詰めて切り詰めても、高校から大学二年の間の貯金もいい加減財布にある程度にしかなくなった。
それで蔑ろにしてしまったのが家賃。勿論、食費は削ったし、服は今年買ってないし、日中は大学やバイトで過ごしている。なのに赤なのだ。
仕送りは啖呵切って出て来たので振り込まれるはずもなく、気まずくてお金貸してなんて言えない。


「……身体で払おうか。女子大生を家に入れてくれる一人暮らしの男なんていくらでもいるよ」


幸村さんの意見は少し間違っているが、彼だってこれで生計を立てているんだ。10万以上止められては困るに決まっているし、それまで追い出さずにいてくれただけ、彼の優しさなのである。


わたしの自業自得なのだ。泣きそうになるのをぐっと堪えて、親に頭を下げようと決心した。


「家賃1万円。今と部屋の広さが変わらないところがあるけど、どう?」
『そんなうまい話……』
「あるんだよね。あと、もうご実家の方には滞納してること伝えてあるよ。お金は振り込んでくれたし、何度も謝っていたよ。お金、ないんだろう?また迷惑をかけるのかい?」


ぐうの音も出なかった。
惨めに思った。だけど、親の方が惨めで恥ずかしい思いをしただろう。
もうこれ以上迷惑をかけたくない。


『幸村さん、その部屋の詳細教えていただいてもいいですか?』
「構わないよ」


幸村さんは立ち話も疲れると言って、すれ違いざまにわたしの肩を叩いて、エレベーターホールに向かっていった。わたしはその背中を追いかける。

幸村さんは上へ行くボタンを押していて、エントランスのソファで話すわけではないんだ。
このマンションの最上階はワンフロア幸村さんの自宅で、彼や彼の家がいかに裕福な家庭か。


『お邪魔します』
「いらっしゃい。で、その部屋なんだけど」


男の人の一人暮らしはもっと散らかっていると思っていた。清潔感のあるよく片付いた玄関だ。
わたしの部屋のように、玄関入ったらすぐに台所や浴室ではなく、廊下といくつかの扉が並んでいて、奥には明るいリビングが見えた。
あまりまじまじと他人の家を見るのは失礼なので、幸村さんの背中を見るようにした。


幸村さんが玄関からすぐの扉を開けた。
ゲストルームなのかな。シングルサイズのベッドと空の本棚と机。それだけの部屋。


「家賃1万円、光熱費込み。そのかわり家事をしてもらうよ。食費は割り勘。さぁ、どうする」
『え、ここに暮らせってことですか?』
「タダで君にあの部屋を貸し続けるだけ損するし、野宿や身体にしか興味ないおじさんの部屋を渡り歩きたいなら断ってくれても構わないよ」
『うっ』


選択肢出されたようで一択じゃないですか。
わたしは頭を下げ、幸村さんの家の一室にお世話になることになった。