「名ちゃん!もう上がっていいから、これ持って帰んな!」
『はーい。お疲れ様です』


23時過ぎ。バイト先の居酒屋もピークも過ぎ、出来上がったおじさんたちも減ってきた。
ご主人に今日の突き出しと豚の角煮をいただいてバイト先を後にした。


精市さん寝てるだろうな。そっと音を立てないように玄関を入る。廊下も奥の部屋も真っ暗だ。
自室もお風呂もこの廊下で成立するのだけど、今日はいただいたおかずを冷蔵庫にしまわないといけない。

タッパーや使い捨て容器ではなくて、ナイロンの袋に直接入れられてるのが大雑把でご主人らしいというか。
そのままでは冷蔵庫を汚してしまうかもしれないからタッパーに詰めなおす。


「美味しそうだね」
『ほぎゃーーー!』
「……っうるさ。つまみ出すよ」
『寝てると思ってたから後ろにいたらびっくりしますよ!』
「夜中」
『ごめんなさい』


気配もなく背後に立ってるのも十分悪いと思うんだけど。でも、夜中に大声を出したわたしも悪いです。
隣は気にしなくても、襲われたと思われて通報とかされてないといいけど。


そんなわたしを尻目に、精市さんは冷蔵庫を漁り、缶ビールを取り出した。
あ、これをおつまみにするんだな。

タッパーに移さず、お皿に乗せて電子レンジにかけた。


『精市さん、ご飯どうでした?』


バイトに出る前に、炊飯器の予約と生姜焼きの味付けと、味噌汁だけ作って行った。
きっとサラダや小鉢もあればよかったんだろうけど、そこまでたった半年の一人暮らしでは身につかなかったし、作るより買う方が安くついた。

食洗機にはお茶碗とお椀と平皿が一つずつ入っていて、機械を動かしたわけではなく、スポンジで洗って乾燥カゴ代わりにしたようだ。


「美味しいって言うにはまだまだかな。プロじゃないし」


作らせておいて、それ?
精市さんの言い草にカチンと来た。お母さんごめん。今までそんな事言ってきたけど、気持ちわかったよ。


「でも、なんだか安心する味だったな」


電子レンジの無機質な音が部屋に鳴り響き、わたしは何も言わずにキッチンへ戻った。

ダメだ。肩の力を抜いて笑った精市さんを見たら、一瞬でもムカついた自分に腹が立った。
どんな気持ちでわたしのご飯を食べたか知らないけれど、きっとあの言葉は褒め言葉なのだろう。
仕方ないからお酌くらいはしてあげよう。


「名って、明日はバイト休みだよね?」
『はい。四限までなので早く帰ります』
「そこでお願いがあるんだ」


精市さんが頭を下げるので何事かと慌てふためく。え、もしかしてお酒弱くておかしくなったとか?

今失礼な事考えただろうとひと睨みされ、目を合わさないために精市さんの空いたグラスに缶に残った全てのビールを注いだ。


「友達が来るんだ。だから食事を用意して欲しくてね。バルコニーにグリル出してバーベキューするつもりだけど、多分足りないからね」


精市さんは指折り数えて7人来るという。成人して社会人だしある程度の食事とお酒で済むだろうと思ったけど、肉に関しては例外の3人がいるらしい。


「もう食べ放題泣かせではなくなったけどね」


5キロくらいはみんなで食べるかな。なんて言うから、学生時代はそれはもう食べていたのだろう。
その焼肉屋はアイツらが来たぞと震えていただろうな。


「酒も肉も野菜もみんなが買ってきてくれるし、唐揚げとかデザートとか用意してくれると嬉しいな」


肉に肉ってどうなんだろう。男の人の食べ合わせってわからないな。
とりあえず、明日は大学帰りに鶏肉とりんごゼリーの材料と業務用のレモンソルベ買っておこう。