『あの、油使ってるので離れていただけると幸いです』
「食っていい?」
「意地汚いよ。丸井、赤也」


精市さんにつまみ出された二人は離れたところから、盛り付けられて食卓に並ぶのをジッと見ていた。というより、8人皆さんこっち見てません?


「肉だー!」
「お邪魔します!」
「コラ!靴は揃えんか!」
「いらっしゃい。騒いでもいいけど、足音は下に響くから気をつけてよ」


インターフォンが鳴り、精市さんが玄関へ向かうのを横目ですら確認せず、冷凍のフライドポテトを揚げていた。

精市さんとお買い物に出た時に、こんな子供扱いするような食べ物を用意していいのかと聞けば、中学から全く成長してない奴らだから平気と返ってきた。友達に対しても結構厳しい。

よし、焦げずに揚がったぞ。
あらかじめクッキングペーパーを敷いておいたお皿に盛り付け塩を振る。
よし、次は唐揚げだ。


「めっちゃいい匂いする!何作ってたんスか?……えっ」
「切原くん、そんなところで立ち止まっては、おや」
「そういう柳生も邪魔に……は?」
『え?』


背の高い男性が三人キッチンを覗き込んでいて、こちらを注視している。

イケメンの精市さんのお友達もイケメンだなぁ。

わたしときたら、一応お客様が来るのだからお化粧はしているけど、油を使うからエプロンをして汚れてもいい服でオシャレなんて鼻で笑われる程度だ。


「幸村さんに彼女ー!?」


黒髪の砕けた敬語を話す男性が叫ぶと、バタバタを足音を立ててさらに四人が駆け込んできた。

精市さんだって別に成人男性なんだから彼女がいたっておかしくないと思うんだけど。


この勘違いを精市さんは他人事のように七人の背後から見ていた。訂正してよ。自分が困るだけでしょ。


「幸村、勿体ぶらずにめでたいことは知らせんか」
「データにないな。今まで上手く隠してきたな」


一際大きい二人が精市さんの肩に手を回す。少しうざったそうに、困ったように笑う。いやいやいやいや。


『せ、精市さん』
「聞いたか!ジャッカル!精市さんだってよ!」
「ブン太興奮しすぎだろ。気持ちがわからなくもないけどな」


赤い髪のこの中では小柄な人が外国人さんにしがみつく。
なんだか賑やかな人たちだな。って、わたしも他人事ではなくて。


『精市さんにお世話になってます、姓名といいます。間借りしてるだけなので彼女とかそういうのではなくて』


弁解に時間がかかりそうだから油の火を落としておいてよかった。

付き合ってもないのに同居しているということが腑に落ちないのか、わたしに向いていた視線が精市さんに注がれる。


「ここで彼女ですって言っておけば、人生安泰だったのにねぇ。残念だけど、この子は哀れな大学生だよ」


精市さんは肩に乗った腕を払い、なんだかつまらなさげに七人はバーベキューのセッティングを始めた。
精市さんが部長やってた名残なのか、一声の効果は絶大だった。


「ね、ね。ホントに付き合ってないの?」


天然パーマの強い人と、赤い髪の比較的小柄な二人がキッチンに残り、唐揚げを揚げようとするわたしの元に近づいてきた。


「幸村くん、イケメン優しい金持ちの彼氏にしたい理想の男じゃん。なんで?」
『何でと言われましても。油を使うので離れた方がいいですよ』
「別にあんたのこと彼女にしていいって感じだったじゃん。あの人、傍に女の人置かないからあんたみたいなの、俺らからしても珍しいんだよな」


二時間くらい調味液に漬けておいた鶏肉に片栗粉をまぶして揚げる準備をしながら二人の話を聞いていた。


『二度揚げするんで食べちゃダメですよ』
「そうだぜい、赤也。生焼けの鶏肉は食中毒起こすからな」


気付けば丸井さんがバーベキュー用の野菜を切っていて、切原さん暇そうにわたしと丸井さんの後ろから様子を見ていた。


最初に揚げ終わった唐揚げに手を伸ばした丸井さんと切原さんは精市さんに手を叩かれてすごすごとキッチンを出て行った。
食べて感想欲しかったのに。
口に合うかわからないドキドキのまま皆さんの前に出すのは少しためらわれる。

残念そうにしていれば、ひょいと精市さんは一つつまみ、口に放り込んだ。お友達に意地汚いって言いながらこの人は。


「熱っ……うまっ」
『ホントですか?!皆さんにも揚げたて食べてもらおう』


と言っても、料理は急いで仕上がるものではないし、逸る気持ちを抑えながら最後の一つを油から上げた。


「油断してるとお肉なくなるからね。早く早く」


唐揚げを盛り付けたお皿を持った精市さんの後ろに続く。皆さんわたしたちを待っていたようで、火の通りにくい野菜だけがグリルに乗っていた。申し訳ない。