「まんま」
「うーん。お父さんはおっぱいは出ないかなぁ」


幸村さんと同じ髪の色をした赤ちゃんが、先輩のTシャツを握りしめてまだ言葉になりきれてない言葉で話しかけていた。
部活で厳しい顔をしていた先輩の姿はそこにはなくて、眉尻を下げて、すっかり父親の顔をしている。

幸村さんは在宅で仕事をしているから、日中は赤ちゃんの面倒を見ているらしい。いわゆる育メンだ。
結構夫婦二人で四苦八苦しているらしいけど、育メン幸村さんにはママ友やご近所のおばちゃんという強い味方がいて割と平和に育児が出来ているらしい。


「もうすぐ一歳だったか?」
「そう、来週。早いね、一年は」


特に人見知りをしないのか、まだそこまでに至ってないのか、三人の知らない男に囲まれても、赤ちゃん独特の咳き込むような引き笑いが部屋にこだました。

俺は末っ子だし、姉ちゃんも結婚してないから赤ちゃんってよくわかんないけど、叔父さんの真田さんも柳さんも何かと構いたがる。確かに可愛いとは思うけど、そこまでではない。


「そういえば、名さんは?」
「シフトを代わったんだって。もうすぐ買い物して帰って来るんじゃないかな?」


幸村さんと名さんが結婚して3年。名さんが大学を卒業して暫くしてから入籍したらしい。らしいというのは、同棲始めた時も入籍した時も一切連絡なかったから。
初めて名さんに会った日も、彼女の存在を全く知らなくて驚いたし、いるならいるできちんと挨拶したかった。
さすがに結婚式は呼んでくれたけど。赤ちゃんもソッコーで自慢されたけど。

この二人には運命ってやつがあったのだろうか。恋人っぽさがあんまりなかった。まぁ、名さんの自業自得から同棲始まったんだし、成り行きで結婚したようなものだろうけど。


「今のところ精市似だな」
「そうだねぇ。唇の感じとかは名かなって思うけど」


真田さんの腕の中に移動した赤ちゃんはこれまた楽しそうに笑っている。潰しそうで怖いな。


「……ふぎゃあ!ふぎゃあ!」
「ど、どうした!?」
「真田さんが怖いんじゃないッスかぁ?」


突然泣き出した赤ちゃんに動揺して真田さんは幸村さんに返すけど一向に泣き止まない。
オムツでもミルクでも眠いわけでもないらしく、幸村さんもひどく動揺してる。この子を必死にあやす俺たちも中々滑稽だ。


『ただいまー。あ、いらっしゃいませ』
「おかえり、名。突然泣き出したんだ。どこか痛いのかな」


幸村さんが手を洗った名さんに赤ちゃんを渡すとすぐに泣き止んだ。
彼女の服を掴んで、指をしゃぶりながら俺たちを見る赤ちゃんは心なしかドヤ顔をしていた。その顔、幸村さんにそっくり。

大人気なく幸村さんは赤ちゃんと睨み合っている。


「名より俺の方が一緒にいることが多いのに悔しいな」
『今日はお休みのはずだったから、寂しかったのかもね』


哺乳瓶でミルクをもらっている赤ちゃんは泣いた気配すら感じられない。
お腹いっぱいになったら寝始めてしまったし、こんなに自由奔放でいいなんて羨ましい。


『晩御飯、食べていかれるんですよね?』
「いえ、お構いなく」
「そんな図々しい真似はできん」


えー、柳さんと真田さんがそう言ったらご飯食べて帰れないじゃないですか〜。俺、名さんのご飯食べたいのに。


「遠慮するなって。名には三人の分の料理作ってもらうように連絡してるし」
「よっしゃー!」


あっ、やば。赤ちゃん寝てるんだった。あれ、起きてない。そういうところ、幸村さんと名さんにそっくりだ。