『ひょわっ!』
「ダメだよリック!あれ、姓さん」
『ゆ、幸村くん!?』


信号を待っていたら、不意にスカートを弄られ、まさかのお股にタッチ。
何事かと振り返れば大きなゴールデンレトリバーを連れた幸村くんが立っていた。

ううっ、似合うよ、幸村くん。
有名スポーツブランドのジャージを着て、ツヤツヤふわふわのゴールデンレトリバーをお散歩させてるなんて!
優雅だ。有難い気持ちでいっぱいだ。


「ご、ごめん。この子スカートが大好きなんだ」
『そうなんだ。びっくりしちゃった』
「飼い主が目を離したらすぐこうなんだから……」
『幸村くんのお家の子じゃないの?』


どうやら幸村くんのお隣のお家の子らしい。
リックの飼い主さんがぎっくり腰になってしまって、ランニングのついでにお散歩を任されたとのこと。


きちんと躾をされたお利口さんのはずなんだけれど、さっきみたいに飼い主さんが見ていないといたずらをするらしい。
かわいいから許しちゃう。

もさもさとトースト色の頭を撫でる。尻尾振ってかわいい〜!


「近くに犬を放せる公園があるんだけど、行くかい?」
『いいの!?』


お言葉に甘えて、幸村くんについていくことにした。
爪がアスファルト引っ掻く音が、軽やかなリズムを奏でて、リックも遊べる場所をよく知っているみたいだ。


「姓さんは大きいわんこ好き?」
『わんこもにゃんこも好きだよ!』
「へぇ。大きいわんこは結構嫌がる子多いんだけど、よかったね、リック」


幸村くんの顔を見ていたリックがわたしを見上げた。
わ、笑ってる……!可愛い!たまらん!


「リード持ってみる?」
『いいの!?あ、でも急に走り出したりしないかな?』
「びっくりしたり、飼い主さんを見かけなかったら大丈夫だよ。でも、振りほどかれそうだから一緒に持とうか」
『うん』


幸村くんに寄り添って歩いていたリックが、ちょっとだけわたし寄りわたしの歩幅に合わせてくれた。
賢い!賢いぞ、リック!


ドッグランのある公園に着いて、早速リードから解放されて走り回るリック。
もう日が暮れそうだから、中には2、3人しかおらず、みんなリックを知っているようで、挨拶をして回ってる。


「昼間に遊べてなかったから随分フラストレーションが溜まってるみたいだね」
『元気のない飼い主さんを見るのもつらいだろうし、いい気分転換になるといいね』


大興奮で挨拶まわりを終わらせたリックは全力疾走で戻ってきた。


『ひゃわっ!』
「……姓さんのそこが気に入ったみたいだね」


大興奮のまま、またわたしのスカートに潜り込んで、股に鼻を埋めて、千切れんばかりに尻尾を振っている。
幸村くんも周りの飼い主さんたちも苦笑いだ。


「ほら、リック、ボールだよ。取っておいで」


幸村くんがカバンからテニスボールを取り出し、軽くボールを投げた。
ボールに反応したのか、リックはスカートから飛び出して空中でボールをキャッチした。
すごいぞ!

戻ってきたら幸村くんとボールの奪い合いをしてまた投げてもらった。
リックがペタリと寝転がるまで幸村くんは何度ボールを投げただろう。舌を出して肩で息をしてリックは満足そうだ。


「あはは、もうベッタベタ。洗ってくるね」


幸村くんはドッグランの中の水道へ手を洗いに行った。


『いっぱい遊んで楽しかったね〜!』


吠えないように躾されていて、大きな口を開けて笑って返事をする。
顔をこねるように撫で回すと、尻尾がパタパタと枯れ草を舞い散らせた。

この子もストレス発散になったし、わたしもこのもふもふを堪能して、癒しどころか高揚感がある。


「さぁ、ご飯の時間だ。お家に帰ろうね」


大人しくリードに再び繋がれリックは立ち上がる。


「あ、でも姓さんを送ってからね」
『え、悪いよ』
「リックはそのつもりみたいだよ」


幸村くんにリードは握られているのに、わたしに寄り添って見上げている。


『ありがと〜!えらいね〜』
「俺は?」
『えらいね〜』


リックを撫で回した後、幸村くんに手を伸ばして頭を撫で回した。

ちょっと調子に乗ってしまった。
冷静になれば、同世代の男子の頭を撫でるっておかしくない?
我に返ったわたしは幸村くんの頭に手を乗せたまま固まっていた。

無抵抗に撫でられていた幸村くんは頭に乗ったわたしの手を取って頬に寄せた。


「もう終わり?」


強請る物欲しげな目。彼はこんな顔もできてしまうのか。末恐ろしい。


『お、終わり!帰ろう』
「残念。リックばっかり構ってたら、俺、妬いちゃうからね」
『なっ!』


状況のわからないリックが、会話に混ぜて欲しいのか、幸村くんとわたしを交互に見る。
幸村くんが彼の背中を叩くと歩き出したので、半歩後ろからついて行くことにした。


『送ってくれてありがとう』
「こちらこそ、散歩に付き合ってくれてありがとう。じゃあ、またね」


家までの間は他愛もない話だった。
幸村くんがとった不思議な行動には一切触れず、何事もなく別れた。

幸村くん……何だったんだろう。
他の人にもするのかな。だったらかなり意外な行動だったな。
今度、頭を撫でる隙ができてたら触ろうかな。