「ん」
『え、何』


家に来た真田がやたら膨らんだビニール袋を片手で突き出した。
とりあえず受け取ると甘酸っぱい匂いがした。
何かが大量に入っている。電気もつけない玄関先ではそれしかわからなかった。

お邪魔しますと、靴を揃えて家に上がる育ちの良さがあるが、家主の許可もなく上り込む図々しさもある。


『ラズベリーだ』
「ら……?幸村はそんなこと言ってなかったが」
『木苺?』
「そうなのか?」
『フランボワーズ?』
「そんなことを言っていた気がする」


国語と歴史とテニス以外はてんで興味ないんだから……。


幸村くんに持たされたのか。
たまに幸村くんからは庭で採れたレモンだとかゴーヤだとか色々もらうけれど、彼の家は農家か何かなのだろうか。


一粒を口に放り込んだらめちゃくちゃ酸っぱい。ちゃんと甘いけど酸っぱくてちょっと青さがある。


「そのまま食えるのか」
『大丈夫だよ』


真田は一粒摘みあげて口に放り込んだ。
普段から顰められている眉間がさらに深くなり、口も面白いくらいに歪んでいる。


「酸っぱい花を食った気分だ」
『いい得て妙だね。水持ってくるね』
「頼む」


正直、わたしも真田と同じ顔になりそうなくらいこの量のラズベリーは持て余す。
幸村くんもそうなったから真田からわたしに押し付けたんだろうな……。

ジャムかなぁ。手作りだから傷むのが早くてこの量は流石に無理だな。


シンクの下の収納に確か置いたはずだよなぁ。あった。
じゃーん。前に真田のお家から貰った果実酒瓶。これなら十分に漬けられる。


「む?酒にするのか?」
『うん』


酒となれば乗り気になったようで、明日ホワイトリカーと氷砂糖を買ってくると言い出した。
以前に幸村くんにもらったレモンで漬けたレモン酒がお気に入りのようで、梅酒は作らないと言った時はちょっとがっかりしてたっけ。


「柚子も酒にできたりするのか?」
『できると思うよ』
「そうか。家の方に祖母の家から沢山送られてきてな、近所に配っても余るくらいでな」
『でも、うちにはこの瓶しかないから無理だよ』
「ならば俺の家で作れば問題ないだろ」
『えっ!?』


果実酒の瓶を貰ったり、お野菜のお裾分けを貰ったりするけど、真田のお家の方とは面識がない。
向こうはわたしに会いたがっていることは真田からたまに聞かされる。
真田が堅い性格だから家の方もしっかりしていると思って中々行こうとは思わないのだ。


「俺の家族と会うのは嫌か」
『嫌というか、恥ずかしいかな』
「恥じることがあるか。俺が認めた女だぞ」


やだ、恥ずかしい。
本人は胸を張って言ってるから恥ずかしくもないんだろうな。

多分近いうちに予定を立てられる。
真田のことだから、家族の予定も聞かずにわたしの予定だけで決めちゃうんだろうな。
家族への挨拶よりも美味しいお酒優先だと思う。多分ね。

少し気まずい雰囲気で挨拶をする様子が目に浮かぶ。


「まずだな……俺のことは名前で呼ばんか」


真田は一つ咳払いをしてそう言った。


『えー、長いからヤダ』
「なっ!そんな理由で呼ばんことがあるか!」
『弦一郎』
「うむ」
『口に馴染まないなぁ』


大きな手で頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。至極ご満悦のようだ。
でも、ようやくわたしに存在を認められたかのように気恥ずかしそうな笑顔にも見える。彼の顔は複雑だ。