「幸村くんって好きな人できたことあるの?」
「あるよ、それくらい。といっても、気になる子くらいだけど」
「それって好きじゃないッスか」
普段女子の話に興味も持たないくせに、男子でも恋愛話というものが好きじゃないか。
特にお調子者の二人だから好きなのか、俺が恋愛をすることに興味があるのかわからないけど。
特に赤也は俺のことをサイボーグとでも思ってるだろ。試合以外は機械だと思ってるのだろうか。
それは置いといて、あしらうつもりが結構踏み込もうとする二人をどうするべきか。
「さっさと帰り支度せんか。帰るだけとはいえその着こなしはなんだ」
真田は話の腰を折るのが上手いな。話題が苦手だからか、空気が読めてないだけだか。
『ごめんくださーい』
随分古風な言い方だな。
三回のノックと女子の声が扉の外から聞こえてきた。
真田や赤也とかが大声を出す前でよかったよ。二人とも来客に口を噤んだ。
「どうした、姓」
声でわかったのか、蓮二が扉を開けた。開け放しで話始めたのは、着替えてる奴が一人もいないからだろう。
『この間の部長会議で渡したアンケートが男子テニス部だけまだ確認できなくて……幸村くんまだいる?』
「あれ?そんなのあったかな」
「らしくないな精市」
クリアファイルの中を探ってもそれらしきものはない。心当たりもない。
真田も持っている様子もないし、俺は首を横に振った。
姓は慌てる様子もなく、なくす奴が多いのか予備を渡してくれた。
期日が今日だ。
せっかく来てくれたのだし、対して時間のかかるものではなさそうなので、その場で記入することにした。
姓はにこにこ笑って頷いてくれた。
『もしかしたら配布忘れかも』
「あいつならやりかねんな」
生徒会にドジがいるのか、姓と蓮二は合点がいったらしい。
「はい。待たせたね」
『ありがとう』
「苦労をかけたね。あ、ちょっと待って」
姓の肩にてんとう虫が止まっていた。
虫が嫌いかもしれない。飛び立つとびっくりするかもしれない。何も言わずに彼女の肩を払った。
姓は払われた肩を見て首を傾げた。
何でもないよと言うと、反対に首を傾げた。ちょっとおバカっぽくて、猫みたいな仕草だった。
「はえ〜、幸村くんが女の子に気を遣ってるの初めて見た」
「何だよ丸井。ちょっと失礼じゃないかい?」
「だってそうだろぃ。いつもなら虫が止まってるよで終わりじゃん」
「男子にする対応とは違うだけだよ」
姓が去って再び部室の扉が閉まると、感心したような顔の丸井が口を開いた。
丸井相手になら肩に虫が止まっていても一言伝えるか、てんとう虫程度なら無視するかもしれない。
赤也にだって、真田にだってそうだ。
彼女には何となくあの行動が正解な気がする。
身内にも、その辺の男子にも、女子とも異なる、俺自身もどこか驚く行動だった。
「虫にも優しい幸村精市、か」
「幸村ぶちょー、あの人が気になる子っスね?」
な、なんだよこのにやけた空気は。部活の始まる前になら練習を厳しくできたのに。
真田も珍しく察した様子で、何も言わずに深く頷いた。
何だよ。姓ならいいみたいな父親目線なわけ?
「俺は帰るよ」
「柳さ〜ん、あの人ってどんな人なんです?」
「蓮二」
蓮二は肩をすくめて赤也に首を横に振った。
赤也は彼女がジャッカルと同じクラスだということは知らないから大丈夫だろう。
「人の世話をするより、自分のことに精一杯になったらどうだ!」
「ヒィ!これは心のゆとりってヤツですよォ!」
また始まった。
睨みつける真田と、頭をかいてごまかす赤也を尻目に俺は部室を出た。
だんだん昼が短くなってきて早くなった夕方の空を見上げる。
校舎の教室側の電気はほとんど消されているのに、一室だけが明るい。多分生徒会室だ。蓮二が立っているのをたまに見かける。
きっと姓がいるのだろう。なんだか悪いことをしてしまった。
あ、電気が消えた。待っていれば偶然を装えるだろうか。
いや、やめておこう。タイミング的に部員にからかわれる。乙女のような思考が妙に腹が立つ。
「あ」
目の前に彼女が歩いている。あの教室は別のやつが使っていたのか。
わざわざ追いかけて声をかけるのも憚られる。俺には彼女に用事がないのだから。
しかし、そうこうしてるうちに姓と俺にあった距離は、俺の歩幅と速度で声をかけられるほど近くなっていた。
「やぁ、生徒会って帰りが遅いんだね」
『わ、幸村くん。たまたま遅いだけだよ。みんなは?』
「まだ騒いでたから置いてきた」
なにそれ、と言って彼女は吹き出して笑った。
気付かないフリをして通り過ぎることもできた。それはあまりにもさっぱりしすぎるので声をかけた。
一緒に駅まで行こうかなんて声をかけられたらよかったのに。
呼び止めるのも、並んで歩くほど親しい仲でもない。
俺の下した判断は通り過ぎる。2、3歩であっという間に追い越してしまった。
『あ、幸村くん待って』
振り向くよりも先に姓の手が俺の腕に触れていて、止まった心臓が口から飛び出しそうになった。
俺の腕をひと撫でした姓の手はお椀のように丸められ、その手の中を見ていた。
『てんとう虫止まってたよ』
「本当だ……。虫平気なのかい?」
『このくらいの小ささなら平気。カブトムシとかセミはダメだけど』
姓の指先から羽を広げててんとう虫はどこかへ行ってしまった。
「さっきも君に止まっていたんだよ、てんとう虫」
『あ、部室のとき!』
「そうそう」
自然と二人で歩き始めていたのか、ころころと変わる話題が尽きない内に駅に着いてしまった。
どうやら乗る方向が違うらしく、あっさりと別れの時間が来てしまい、俺は肩を落とした。
『また話そうね、幸村くん』
手を振って階段を上っていく姿にまた背筋が伸びた。単純な男だな。
普段笑顔を浮かべてる顔でよかった。緩んだ頬が隠せている。はず。
小さくガッツポーズをして、電車に乗り込んだ。