『はい!今週も始まりました!立海放送局恋愛部!』


放送部に入って三年。バカらしい企画の担当になった。毎週火曜日の昼休みの放送。
生徒からの恋愛相談の投書を読み上げ、簡単なアドバイスや背中を押してあげる放送だ。

最初はこんな放送誰も聞いてやしなかった。なのに、わたしに背中を押され告白したら実るだの、デートが成功しただの明るい噂で人気になってしまった。


『今日の相談はお名前が書いてませんね。二年生の子です。私には好きな先輩がいます。だけど、その人には好きな人がいるみたいでとても近づけそうにありません。告白だけでもした方がいいでしょうか?そうだね〜……』


わたしの恋愛知識なんて漫画からの押し売りだし、他人の恋愛に首を突っ込むなんて思ってもなかった。

恋愛というものは悩むものとはわかっているけれど、中々友達には相談しづらいことのようで、匿名でたった20分の放送に読みきれない量の投書がくる。
面倒なのであらかじめ手紙は読まず、その場で考えて適当な答えをする。
あくまでジンクス。成功も失敗も結局本人次第だ。


「くだらないよね、火曜の放送」
「フンッ。全くだ。色事などたるんどるわ」
「でも、めちゃくちゃ人気なんでしょ〜。こんなんに投稿するならさっさとコクっちゃえばいいのに」


人気もあれば不快に思う人もいる。
わたしは視聴者の反応は直では見れないのでどんな盛り上がりを見せているのかよくは知らない。


「姓は続けたいの?この放送」


放送のために遅くなった昼食を屋上でのんびりと食べていたら、花壇の整備をしていた幸村に声をかけられた。
幸村と一緒にいた二人もわたしの顔を見た。真田とテニス部の子だ。


「えっ、この人が放送の人?全然そんな奴に見えないけど」
「赤也、人を見た目で判断するな」
『いいよ、真田。わたしも放送部で女子がいないからやってるだけだもの』


真田はそうかと呟き、後輩との会話に戻った。わたしは視線を投げかけたままの幸村に顔を向けた。


『もうすぐ引退だから放送も今月でラストだよ』
「そうかい。君のお陰で告白の数も増えたんだけど言うことはないかい?」
『本人の意思だよ。関係ないかな』


空っぽになったお弁当を閉じた。


そう。わたしには告白の結果も、想いも知らない。興味がない。心のどこかでそれに浮かれてる奴をバカにしているところがある。


「ねぇねぇ、ここで会ったついで!俺の相談も聞いてくんない?いいでしょ、先輩」


真田と話していた人懐こそうな後輩がずけずけとわたしの隣に滑り込んできた。
真田が口を開きかけたが、幸村がそれを目で制した。真田は口をへの字に歪め、幸村は後輩が口を開くのを楽しそうに見ていた。


「三年に好きな人ないるんですけど、告ったら上手く行くと思います?」


よくある質問だ。上手くいくかは本人次第なのに。


「そんな様子で全国優勝など抜かすつもりではあるまいな」
「俺の為だけの応援っていいじゃないっスか〜」
「たるんどるわ!テニスは見世物じゃない」


真田の眉間が筋肉の終着点のように深い谷ができた。
幸村はやっぱりと言わんばかりに笑って、真田をなだめた。そして、わたしの番だと目が言っている。

意外と幸村はこういうふざけたことを好む。
火曜の放送ってお前だよね?から始まって、火曜の放送のあとはここで話すようになった。


『告白はきっと上手くいくと思う。だけど酷いことを言うようだけど、彼女が卒業したら自然消滅するよ。彼女は別の校舎、君は部活。両思いならまだしも、片思いならそうなるよ』
「えぇ〜。でも、あんたが言うならそうかも」


がくりと彼はうなだれ、逆に敗れてもないのに負けを認めるななんてちぐはぐなことを真田は言い出した。


「一個しか変わんねーのに経験豊富で羨ましいッス」
『全然だよ。逆に豊富なヤツの方が問題よ』
「え?なんで?モテモテってことじゃん?」
「馬鹿だなぁ。長続きしない奴にアドバイス貰ったって参考にならないだろ」
『色んな人の色んな話から答えてるの。それに、話を聞いて欲しいだけで、答えを求めてないことが多いしね』


なるほどとわかってるのかどうかわからない顔をした後輩と、くだらんと一蹴りした真田。
真田に何か相談に乗ろうかと聞けば、声を荒げて叱られた。幸村は?と聞けば、含み笑いでわたしの言葉は喉の奥へ押し戻された。


幸村に意中の人がいるだけで来週の放送が何とかなりそうだ。
正直、相談の手紙が幸村に向けてであろう内容のものが多い。みんな彼を気にしている。美しくて強くてミステリアスなのがとてもモテるのだろう。よくわからないけれど。


『さぁ、始まりました!立海放送局恋愛部!残念ながらわたしが引退になるために今回が最終回になります』


よかった。このくだらない放送も今日で終わりだ。
この手紙が最後だ。一通だけ封筒に入っていて目を引いた。封を開けて、綺麗な少し丸みを帯びた字が延々と綴られていた。この選択は失敗だったかもしれない。


『初めまして、初投稿になります。
俺には好きな人が居ます。あ、珍しい。男子からですね』


だからと言って態度を変えるわけではない。
辟易しながら続きを読んだ。


『その子は他人の恋愛に首を突っ込んでばかりで、自分の恋愛に更々興味のない子です。
全然一生懸命にやってるようには見えないけど、とても真面目な可愛い子です。

最初はどんな子かわからなくてその子の行動に興味もありませんでした。でも、ある日その子と話す機会があって、その時に全てが変わりました。
ミーハーかと思えば、きちんと恋愛相談を受けて答えを出しているし、その答えのために研究もしている。勘も鋭いみたいで、その子のシナリオ通りに進む。というか、相談した子が真に受けて諦めているみたいにも思うけど。

話が逸れました。俺は今日、その子に告白しようと思います』


ここで便箋が途切れ、2枚目に送った。
そこには目を疑う事が書かれていて、思わず言葉が失った。まずいこのままでは放送事故だ。


『あれ?おかしいですね。ここで文章が途切れてます。慌てて入れ忘れたのでしょうか。残念ですけど、次に行きますね』


別のお便り動揺の隠せない手で開いた。不自然じゃないだろうか。声は震えてないだろうか。
さっきの手紙の内容がチラチラと脳によぎり、このお手紙にまともな回答をできそうにない。

無事にすんだと思えない放送を終え、機材の電源を落としてわたしは放送室を出た。


『幸村、どういうことよ』
「俺には君の助言は必要ないからね。そういうことだよ」


俺、幸村精市は姓名のことが好きです。返事は放送室の外で待ってます。
わざとらしく2枚目にそれだけを記して手紙は結ばれていた。
自信ありげな涼しい顔がやけにムカつく。


「本当は調子よく読んでもらって逃げられないようにするつもりだったんだけど。それで、返事は?」
『お断りします』
「つれないなぁ」


幸村のいる方と逆の方向へ歩き出す。
放送室の隣の職員室の前にどこかの部活がガヤガヤの集まっている。


「姓ー!俺はお前のこと好きだよ!」


満面の笑みの幸村が手を振っていて、廊下にいる人たちがギョッとした目でわたしたちを見た。
わたしはこの場から逃げ失せたけれど、きっともう彼の罠の中だ。いや、もう初めから彼の仕掛けた罠の中だったのかもしれない。