「みんな、今学期もお疲れ!」


校長の乾杯でスタートした参加できるだけの先生を集めた飲み会。
本当なら誰一人として暇な人はいないのだけれど、今日一日だけはと教頭先生に頼み込まれて、子供のいない先生たちはほとんど集まった。

全員が程よくお酒が入り、先生という立場を忘れて、授業や生徒の話を抜きにして盛り上がってる時に、一番声の大きい中村先生が口を開いた。


「幸村先生、プロポーズしたんだって?生徒たちが話してたよ」
「え?あはは、女の子たちはおしゃべりだなぁ」


幸村先生はお酒かはたまた照れか頬を赤くして頬を掻いた。
その話に食いつかない女性教師はおらず、ましてや先生にも生徒にも信頼されている幸村先生だから、この場にいる人全てが彼に注目した。


「いついつ!?指輪もしてないから気付かなかったわ」
「つい先日です。学生の頃から長く付き合っていた子なので、ようやく」
「あら〜、おめでとうございます」
「ありがとうございます」


幸村先生の祝福の乾杯でもう一度グラスを鳴らし、校長先生のいた場所に次は彼が座らされた。

幸村先生は根掘り葉掘り聞かれる質問に愛想よく答える。答えにくいことは綺麗に躱すので、生きるのが上手い人って彼のことなんだろうな。と、心の中で何度も頷いた。


「どんな子なの?」
「ちょっと鈍臭くて一生懸命で世話好きな可愛い子です。一緒に暮らし始めてからは料理も頑張ってるんですよ」


相変わらずにこにこと答える幸村先生。
一方、黙ったままのわたしに二つほど年上の柏木先生が声をかけてくれた。


「姓先生大丈夫?さっきから黙ってるけど」
『大丈夫です』
「もしかして、姓先生は幸村先生のこと好きだったりした?俺たち独身仲間で強く生きよう、な!」
「何言ってんの柏木先生。姓先生は彼氏いるんだから、そのうちよ」
「え!?姓先生、彼氏いたんだ……。俺だけか独りなの」


柏木先生はがくりとうなだれて、残っていたビールを一気に飲み干した。

先生という職は意外と同年代がいなくて、恋人や結婚が中々難しいと聞く。
友達も先生同士ならば尚更難しく、一般企業の友達もいてようやく合コンが開けるという。
よく知らないんだけど、柏木先生がそう言ってるならそうかもしれない。


「姓先生のお相手ってどんな人なの?もうそろそろ結婚考えてる感じ?」


世話焼きの柊先生が食いつき、わたしは曖昧に笑って頷いた。
柊先生はわたしの背中をバシバシ叩き喜んだ。よくしてくれてる近所のおばさんのようだなと思う。


付き合いが長いから結婚というのがよくわからなくなってきたころに、彼は婚約指輪をわたしの前に差し出した。

「これからもよろしくお願いします」だなんて、彼の自宅だったけれど、レストランや夜景の綺麗な海辺じゃなくても、日常の中でも気取っていた。
嬉しくて泣いてしまった。膝に乗せた洗い立てのバスタオルで涙を拭いた。ほんの数日前の出来事だ。


「で、どんな人?」
『えーっと、甘えん坊で意地悪でよく笑う、すごく賢い人です。わたしにはもったいない人です』


恥ずかしくて、子供のように俯いた。カランと手の中のグラスの氷が揺れた。
冷やかし囃し立てる声に尚更恥ずかしくなる。
目だけで周りを見渡すと、自分のことのように喜び、未婚の先生や離婚経験のある先生だけが、少しだけ複雑そうな顔をしていた。

視界の隅に見えた幸村先生も目を細めて笑っていた。


「名」


鶴の一声とはこういうことか。
幸村先生が声を発した途端、お祝いムードがしんと静まり返った。
言葉も言葉。わたしの名前を呼ぶのだから。

幸村先生は立ち上がり、わたしの手を取り立ち上がらせた。


「俺たち結婚しました」


驚きと祝福の拍手の中、職場の結婚の挨拶を済ませた。
人が集まる席で結婚の発表をしたり、周りが触発されて色めいた会話を作ったり、本当にこの人は意地悪だ。


「はっ!そういえば姓先生今日はお酒飲んでないですよね!?もしかして!」
『あ、それは今日は気分じゃないので』
「でも、そのうちです」
『精市』
「ふふ、ごめん」


賑やかな宴会も終わり、明日から長期休暇とはいえ、まだまだ仕事があるのが先生というものだ。
酔いもほどほど。この場で解散した。

カミングアウトしたにも関わらず、なんとなく他の先生の姿が見えなくなってから、わたしから精市の手を握った。
わたしから手をつなぐことが珍しいのか、目を丸くした精市が赤い街灯の下に浮かび上がった。
それはもう一瞬だった。
次の一歩を踏み出す前に、彼の大きな手がわたしの手を包んだ。


「休み明けの生徒たちの反応が楽しみだね」
『寝込んじゃう子、いるだろうな……』
「ああ、囃し立てられて顔を真っ赤にする君の顔を見るのが楽しみだ」
『違うでしょ!性格が悪いんだから』


程よくお酒が回ってご機嫌な精市が腰に手を回して身体を引き寄せた。


「式、いつにしようか」
『そうだね……。テストもなくて、あんまり忙しくない時期がいいね』
「そうだね。半年先くらいかな。それまでに家族が一人増えてそうだね」


前々から思っていたけど、精市はお酒が入ると饒舌で積極的になる気がする。
生徒の誰が見て真似するかわからないから、あんまり外でイチャイチャしたくないんだけど。まぁ、今日くらいはいいかな。

ちょっと精市に寄りかかって甘えてみる。すると彼は嬉しそうに笑った。


「明日は休みだし、二人で寝坊しようか」
『うん。二人で風邪もひこうか』
「明後日は部活があるから風邪だけは勘弁したいなぁ」


二人で同じ家に帰る。ずっとそういう日が続くといいな。