「はぁ、今日も姓さんかわええな」
「俺には見えへんけど、白石に見えてるんならそれでええわ」
「なんで俺ら朝練あるんやろ。俺かて姓さんにおはよう言ってもらいたい……!せや、もっかい登校するか!」
「アホか。予鈴鳴るわ」


カバンを持って立ち上がったら、謙也に肩を押され無理矢理席に座らされる。

教室の窓際。校舎から遥か向こうの正門に姓名さんが立っとる。今週は挨拶週間で立っとるんやて。
ちょっとめんどくさそうやけど、律儀に委員会に出て声出しとる。健気や。なんて健気なんや。


残念ながら、俺は朝練で姓さんより早くに学校着いてラケット振ってる。
校舎に行くのにコートの近く通るから見てくれるかなって思ったけど、甘くないな。
いつもより30分早く学校来てるから眠いわな。人がおらんから大きなあくびして、油断してる姿も可愛いで。絶頂や。


「あと、その双眼鏡もしまえ。怪しいわ」
「綺麗な鳥さん見とるんや」
「鳥さんちゃうやろ。姓さんやろ」
「……。わかっとるやん」


予鈴が鳴った。姓さんが校舎に帰ってくる。
ニコニコ友達と喋っとる。羨ましい。女の子同士ってなんであんなに屈託のない笑顔を見せて話すんや。俺にもその笑顔向けて。


「あー……見えへんくなってしもた」
「白石、やってること犯罪やで……」
「話しかけたらもっと犯罪ちゃう……?びっくりせぇへん?」
「小春と同じクラスやろ?なんとかなるんちゃうか」


名案や。早速小春にメールを入れたら、お膳立てしてくれるらしい。
ついにこの日が来た。


姓さんとはなかなか話すきっかけがなかった。
クラスはちゃうし、会うときは今日みたいな委員会のときやし、廊下で見かけても友達とおるからわざわざ話しかけるきっかけもないし。

前に姓さんのセーラーの襟がひっくり返ってたときは先に謙也に言われてしもた。
思い切り睨んだったら、呆れながら気にかけてくれるようになった。

盗撮し始めたら全力で止めるからとか意味わからんことも言われたな。
この間の遠足の写真は買わせて貰いました。
これは盗撮ちゃうやろ。とびきりの笑顔でピースしとる。家宝もんや。


「名ちゃん、浮かない顔やねぇ。どうしたん?」
『小春ちゃん……。最近なんか見られてる感じがして』
「あら〜、恋されてるんじゃない?」
『もっと凝視されてる感じ』
「あれちゃう?」


一氏くんが指差した先に、教室の入り口からジッと白石くんがこちらを見ていた。怖。


「あかん、緊張する」
「それじゃいつまでもストーカーや。早よ行け」


わたしとパチリと目が合うと、教室に入ってきた。忍足くんも一緒にいたようで、並んで入ってきた。

小春ちゃんと一氏くんに用事かな?わたしは席を外した方がいいかな。


「蔵りん、名ちゃんが最近見られてる気がするんやて」
「ん〜、恋ちゃう?」
『し、白石くんまで〜!?』


みんな口を揃えて恋って。視線さえも勘違いかもしれないのに……。男子に話すの間違ってたかな。


「姓さん、かわええから見てまうのも仕方ないんちゃう?」
『そうやったらええな〜。誰かわからんからちょっと怖いわ』
「それ、俺やで」
『え?』
「「「言うんかい!!」」」


3人が揃えて白石くんを叩いた。

理解が追いつかないうちに白石くんは床に正座をして頭を下げた。その勢いでおでこを打つくらいに。


「ホンマにごめん!声かけられへんでずっと見てました!」
『ちょっ、顔上げて!』


白石くんが土下座をするから何事かと視線が向く。
わたしが悪者みたいで、罪悪感がのし掛かる。


「二年くらいずっと見とった。懺悔させてぇ……」
「ホンマに声かけられへんかったんや」
「二年もあれば機会なんぼでもあったやろ……」
「ユウ君も謙也君もシッ!」
「嫌いにならんといて……」
『な、ならないから落ち着いて!』
「ホンマか!?」


顔を上げた白石くんはさっきまで半泣きだったのか、少し潤んでいて、なのに花が咲いたように笑ってるから……。


「名ちゃん、ちょっと引いてるやん」
「秒で残念な男になってもたな、白石……」


うん……。
白石くん、人伝てに聞いてる完璧さは全くなくて、エクスタシーって叫ぶところだけ残念って聞いてたけど、もっと酷いや、これは。


「よろしくな、姓さん!」


彼のとびきりの笑顔なのだろうけど、わたしにはとびきりの暗雲に思える。

特別変わったところのない中学生活だったけれど、ひとりの同級生にとんでもなくかき乱されそうな予感がした。