「見ろ名!これが新しいメイド服だ!」
『またですかぁ!?』
朝咲いたばかりのバラを景吾様のお部屋に運ぶと、わたしが来るのを待っていた景吾様がメイド服を広げて待っていた。
『わたくし、こちらを頂いておりますので十分です』
「見飽きた。次はこれだ」
まだ頂いて1ヶ月経ってないんですけど〜!?
わがまま言いたい放題の坊っちゃまめ!
声には出してないけどきっと顔に出ている。正直者だから。
『そもそもわたくしはメイドではなく庭師ですので機能性を』
「使用人には変わらねぇ。制服な以上着るしかない。機能性なら従来でも困らないだろう」
紺色の長袖のワンピースのメイド服。膝上でパニエがたっぷり入ってかわいい。
白のフリルたっぷりのエプロンに白のオーバーニーソックス。
泥を持ち込まないために白の靴下である必要はわかってるんだけど、洗うのが大変。
『猫耳と尻尾がついてますけど』
「あーん?巷では流行ってんだろ」
『流行ってません』
ああ、猫耳も尻尾も取れない。
悲しい。この歳でこんな服を……お遊戯会でもこんな服を着なかったのに。
でも今回のメイド服もさらに軽い素材で出来てる。
最近普段着に見えるスポーツウェアの開発を進めてるって言ってたっけ。
素直に素材のサンプル実用実験って言えばいいのに。
「着ないのか?」
景吾様は右手を頭上に掲げた。
『ダメダメダメ!着ます!着させていただきます!』
景吾様は満足そうにソファに寛いだ。
わたしは景吾様の部屋に備え付けられたバスルームに駆け込む。
前に着ることを拒否したら、景吾様のお世話係のメイドさんたちに無理やり着せ替えられたことがあったから、もう二度とないように自主的に着るようになった。
もう恥ずかしい思いはしたくない。
「着たか」
『すごく軽いですね。動きやすいです』
伸びをしても跳ねても苦しく感じない。
景吾様は満足気にソファに身を沈めた。
「どうして長袖にばかりこだわるかわかるか?」
『いえ』
「あのバラのことは覚えてるか?」
『それはバッチリ』
それは景吾様がこのお屋敷に住み始めた時だ。
庭師の祖父と父に連れられここに遊びに来ていた時だった。
バラの茂みの中に黄色いテニスボールが転がっていたのが見えた。
父が剪定したばかりで枝葉の隙間から見えやすくなっていたし、子供の腕の細さならその隙間から十分に手を伸ばせた。
小さい頃の正義感だ。物は誰かの所有物で返してあげないといけない。
そう思ったわたしはテニスボールに手を伸ばした。
「お前、何やってるんだ!」
『わっ!』
後ろに引っ張られて、テニスボールはしっかりと掴んでいたが、トゲや切られ鋭くなった枝が腕を引っ掻いた。
この時初めて景吾様に出会った。
「ボール?」
『君の?』
「そうだが、もう弾まねぇからその辺のメイドに預けとけ」
景吾様のような人と出会うのは初めてだったから、すごく腹立たしかった記憶がある。ありがとうくらい言えないのかって。
「それよりも傷だらけじゃねぇか」
『今日は長袖じゃないからボールとるときにやっちゃったみたい』
線状に傷口が並んで薄く血が滲んでいた。
景吾様は眉をひそめるとメイドを呼び消毒をさせた。
このくらいの傷だ。二週間もしないうちにかさぶたは剥がれ、傷を負ったことを皮膚も忘れているくらい綺麗になった。
その後中学を過ぎ、高校生になってバイト代わりにこのお庭の庭師修行に来るようになった。
「おい名。テメェは作業のときにこれを着ろ」
『え、ちょ、メイド服はちょっと……。使用人じゃないし』
「あーん、金を出してるのはこの跡部だ。雇い主の命には従え。あと仕事中は敬語を徹底しろ。線引きはちゃんとしろ」
『横暴すぎる!わかりました、景吾様!』
ここから改良に改良というか、景吾様の趣味のデザインに変わっていった。
「あの時の腕の怪我がどうにも引っかかっていて、少しでもお前を護れるようにしてんだぜ」
『優しいですね』
「ハッ、雇い主が従業員を切り傷一つから護るのは当然だ」
だがな。そう言って、景吾様は立ち上がり鑑賞植物の手入れをしているわたしの隣に立った。
「お前の傷を見たとき、俺はショックだった。女に傷を付けたこともないが、名の血を見たとき急に怖くなった」
不思議だなと言って、景吾様はわたしの腕をそっと撫でた。
温かい手のひらがくすぐったくて気持ちが良かった。
「お前じゃなければこうも思わなかっただろうな」
景吾様はわたしの手のひらを頬に重ね、優しく笑った。
鋭く氷柱のような瞳は春の日差しを受けて透明に光っていた。
『だったら我が家の作業着にしてもらえませんか?』
「断る。印象を損なう」
作業着なら芝刈り取っても怪我しないのに!芝刈りさせてくれないけど!
イメージが壊れるからダメって理由がありますか!?
こればかりは抗議し続けても変わることがないんだろうな……。