「おい、起きろ!姓、大丈夫か」
『何よ〜真田〜。え、何ここ』
「知らん。いつのまにか連れてこられたらしい」
気絶していたのか目を覚ますと見覚えのないホテルの一室のような場所にいた。
ビジネスホテル並みに簡素で、窓もなく密閉された空間だ。見渡せるけど、割と広そうだ。
真田とわたしは一つのベッドに寝かされていたらしい。
真田のことだから、目が覚めて隣にわたしが眠っているのだから、転げ落ちる程に驚いただろう。
わたしが起きたことを確認した真田は、唯一出口になりそうな扉の方へ向かった。
「む。鍵がかかっとる。鍵穴らしき物もないぞ」
わたしはベッドから飛び出し、真田の元へ駆け寄った。
真田が押しても引いてもビクともしない。もっとガタガタしてもいいはずなのに、はめ殺しのように動かない。
ドアノブにも鍵穴がないし、カードキーを差し入れるところもないし、電子ロックのパネルのような物もない。
『部屋の中を探してみようよ。何かあるかもしれない』
「何かと言われてもな……。うむ、やるしかない」
二人で手分けをして何か脱出のヒントがないか探すことにした。
大して広くない部屋だ。すぐに何か見つかるだろう。
しかし、もうちょっとわかりやすくならないかな。
ゲームとかならヒントとか、ゲームマスターとかいたりするんだけどな。
布団をめくってみたり、枕のカバーを探してみたり。引き出しを開けたり、動かせそうな小物を移動させてみたり。
なかなか脱出のカギになりそうなものが見つからない。
「ぬぅ……!こんなもの!」
『何かあった?』
「くだらん!お前は見んでいい」
真田の手のひらにはぐしゃぐしゃに丸められた紙が握られていた。
その中に彼を憤らせるような内容が書かれていたのだろう。
その紙どこかに置いてくれないかな……。ちょっと中身が気になる。
「そっちは何かあったか?」
『全然!チリ一つないよ』
真田の手を覗き込んでいたら、進捗を聞かれてしまった。
本当に何もなかったけど、気がそぞろになっていたからドキリと胸が跳ねた。
上手く誤魔化せていたのか、真田と場所を入れ替わり、二度目の捜索が始まった。
先ほどの紙は真田のポケットにしまわれていて、隙を見て取るにしても、真田に隙があるように思えない。
隙を見計らうより、脱出のヒントを探した方が早いだろう。
真田と目の高さが違う分、着眼点が違って何か見つかるだろう。
少しガサツな彼だ。見逃しもきっとあるでしょ。
試しに机の下に潜ってみた。
学校の机よりも狭くて低い。ベタベタと色々なところを触ってみるけど、動き出したり、壊せそうな所はない。
ゴミ箱もカラだし、引き出しも手を突っ込んでみたけれど何もない。
真田も何もないせいか、慎重に探すようになった。
本棚を全部抜いてみたり、一冊ずつ軽くめくったり、ひっくり返してみたり。
ここままでに進展するの気配もない。
二人とも呆れ、ベッドに腰を下ろした。
真田も相当頭に来ているのかいつもより眉間に深くシワを寄せ、貧乏ゆすりまで始めた。
『ねぇ、真田。さっき紙を見つけてたじゃない?あれ、わたしにも見せて?』
一縷の望みはそれしかない。
というか、見つかったものといえばそれしかない。
真田はわたしを一瞥し、頬に手をついた。
空いている手をポケットに突っ込み、ぐしゃぐしゃに丸められた紙を投げ渡した。
破かないようにランダムに折れ曲がったその紙を開いた。
『キスしないと鍵は開かない……?』
「フンッ……たわけ。そんな条件あるものか」
『ものは試しだよ』
不機嫌を露わにして、閉じ込めた犯人を馬鹿にして口角を歪ませた真田の唇に一応前置きをしてキスをした。
すると鍵が開くような音がした。紙の通りだ。
「おい待て」
両肩を掴まれ、先程より一層不機嫌な真田がわたしを威圧で潰しそうなくらい睨んでいる。
こうなれば蛇に睨まれた蛙。鷹に睨まれたネズミだ。
『恋人だからしたんだよ。ね、早く出ようよ』
「そういう話ではない。もう少し恥じろ」
『鍵開けるのに恥ずかしがる人いる?』
誰が見てるかわからない中でキスするならこれくらい軽くなければ、一生キスをするたびに思い出しそうだ。
個人的にはもっと素っ頓狂な顔をする真田を見たかったところだ。
わたしの行動に真田は少しだけ納得したようで、ベッドから立ち上がり、わたしの手を引いて扉へ向かった。
『……ハッ!夢か』
「どうした、まだ四時だぞ」
『弦一郎と閉じ込められる夢見てさ〜』
「奇遇だな、俺もだ。お前に久しぶりに真田と呼ばれて遺憾だ」
『だから不機嫌だったの?じゃ、二度寝するね』
そう言ってまた眠りについた名。化粧のしていない寝顔は子供の頃から変わっていない。
この寝顔に説教するつもりはないが、遺憾に思っていることは懐かしく真田と呼ばれたことではない。
あまりにも軽々しく口付けたことが妙に引っかかる。
「最初はそう安売りするものではなかっただろう」
初々しい。する度に頬を染めて顔を背けていたな。
名の唇を指でなぞり、唇を合わせてからランニングのために立ち上がった。