『ほぁぁああっ!』
「いつ見ても降りるのはえーなぁ、お前」
『ちょっとは心配くらいしてよ……』


相変わらずわたしは学校の階段から滑り落ちてしまう。
大きい上履きを履いているわけでもなければ、余所見をしているつもりもない。

手すりにつかまって免れる時もあるけど、大体は下から5段目くらいで踏み外す。
決まって中央階段の二階から三階にかけての下りの時。もう呪いとしか思いようがない。

しかも今回は荷物を持っていて、手をつくのが遅れて尻もちと腰を打ってしまった。


一緒に階段を下りていたブン太があまりにもいつものことすぎるので、心配の声もない。


「大丈夫か」
『あ、丈夫なので大丈夫デス』


通りがかりの黄色いジャージのテニス部員がいつまでも階段に寝そべったままのわたしに手を差し伸べてくれた。
彼は知ってるぞ。柳くんだ。ブン太やジャッカルがレギュラーだから何となく顔と名前は一致している。


柳くんの長い腕と大きく肉の薄い手に引き起こされた。
階段よりも廊下の方が明るい。腰を曲げてわたしを覗き込む彼にできた大きな影が普段そばにいるブン太と違っていて、ちょっと慣れない。
突然影が被ってきたようで驚いて、むしろ不気味に思ってしまった。


「頭は打ってないか。身体が痛むなら保健室へ行け。丸井も荷物を投げ置いても助けてやれ」
「ちょっ!それは無理だって。両手で荷物持ってるのに」


パタパタと大きな柳くんの手が背中に着いたホコリを払ってくれた。
肩、背中、腰とお尻に差し掛かって彼は手を止めた。


「いつも転んでいるようだが、目でも悪いのか?」
『健康診断では何も言われないよ?』
「名、俺の家でも転ぶから鈍臭いだけだって。気にすんなよ、柳」
「数値がそうであれ、脳がどう処理するかで視野は決まるものだ。良い医者を紹介する。行ってみるといい」
「無視?どわっ!」


おそらくわたしと同じ段でブン太が踏み外して転んだ。
クラスメイトのノートを手に持っていたので手をつけず、仰向けに滑り落ちてきた。
その拍子に階段にノートが散乱した。


柳くんが肩を引いてくれたおかげで滑り落ちてきたブン太に当たらずに済んだけれど、手を差し出すこともできなかった。


『大丈夫?!』
「いてて……避けんなよ柳」
「巻き込まれたら大惨事だろう。ほら立て」
「扱い違いすぎない?」


ブン太は自ら立ち上がりホコリを払った。

もう、適当に払って。背中はまだ白いままなんだから。
手を伸ばしブン太の代わりにホコリを払う。お尻も汚れてるんだから。

その一連の流れをブン太は袖のホコリを払わずに見ていた。
ぶつけたところを叩かれて痛かったのかな。


「やっぱ尻のホコリも払ってやるよな?」


そう言ってブン太は柳くんの顔を見た。
ブン太のばら撒いたノートを拾い上げる柳くんはこちらを見ることもなく口を開いた。


「価値の違いだ。女子の尻を下心なくても触るわけにはいかん」
『わ、柳くん紳士!』


やっぱりそういうことだった!
上から順番に払ってくれてたのに躊躇ってたもんね。
優しい。親切。気配り上手。尊敬するよ、柳くん!

それを聞いたブン太は左半分の顔を歪めた。
そんな柳くんに下心があってやったみたいな顔やめてよ。真っ黒になったホットケーキの前でもそんな顔しなかったじゃない。


柳くんは集めたノートをブン太に渡した。
一言会話を交わしていたが、小声だったためにわたしの耳には届かなかった。


柳くんはそのまま階段を昇り、ブン太とわたしは目的地である教室へ向かう。
さっきまで何ともなかったけど、歩き始めたらちょっとお尻が痛むな。痣ができてたら見られることはなくても恥ずかしいな。


「柳の野郎……。チームメイト大切にしろよな」
『女の子には優しいのにね』
「優しいよりムッツリだろ。パンチラ拝んで内心大喜びじゃね?」
『そんなこと言うからブン太のこと見限ったんじゃない……?』
「男なら可能性がゼロじゃねぇと思うけどなぁ」


ブン太のデタラメな想像はたまに当たるからちょっと怖い。真偽を柳くんに問うわけには行かないけど。


「柳と幸村くんは澄ました顔でエグいことするから気をつけろよ」


教卓にドサリとノートを乗せたブン太。

ほらよと、一番上に乗せられていたわたしのノートを手渡した。
職員室では見つけられないくらい間に混ざっていたのに、柳くんが拾った時に並びが変わったのだろう。

その次にブン太のノートが乗っていたらしく、取り上げてさっさとスクールバッグを持って教室を飛び出していった。


ん、あれ?
わたしはノートにプリントを挟む癖はないのに、何か紙が挟まってる。

貼り付けられているわけでもなく、軽く引き抜けた紙はプリントに使われる紙よりも上等なものだ。


『げ……。ブン太の言う通りかも』


次は抱き止めてやる、と書かれた紙はおそらく柳くんの字だろう。
そのままの意にも、脅しにも見えるその言葉を二つに折ってカバンに戻した。
柳くん、結構えげつない。