「聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


学校で飼っているうさぎの世話をしているとクラスメイトの幸村くんがやってきた。
部活の途中なのか黄色いユニフォームを纏っていた。


幸村くんがわたしに直接問いかけることなんてあるだろうか。
わたしは首を傾げながらいいよと返事をした。


檻にもたれかかり座った幸村くんはわたしに背を向けた。

近付いてきた幸村くんに警戒したらしく、うさぎはひょこひょことわたしの足元に寄ってきた。


「好きな子がいるんだけど、どうしたらいいと思う?」


手に持っていた餌皿を思わず落としそうになった。
なんでだって幸村くんはわたしに相談するんだろう。


『……告白する、かな』
「やっぱりそうなるよね」


頭をひねるわけでもなく、彼の中でも答えが出ていそうな行動を口にした。


幸村くんが笑うたびにフェンスが揺れてうさぎが妙に怯えている。
餌を置いたのにどうしてか気がそぞろだ。


『でもその子と何をしたいかにもよるかなぁ』
「何って?」
『うさぎって人間ぽい恋愛しなくて、子作り中心だから』


足元を動き回るうさぎを見てうっかり口が滑った。

比較的、男子はそういう生き物だと思って見ている。
幸村くんも類に漏れなくそうだ。
さすがに人間だからうさぎみたいなことはしないと思うけど。


「ん?今、俺下衆男扱いされてる?」
『とどのつまりそうじゃない?』
「姓さんってば意外だね。そういう話するなんて」


怒ってしまっただろうか。

ちらりと幸村くんを見ると、フェンスに手を置いて檻の中を見ていた。


餌皿に近づけず食いっぱぐれしそうなうさぎに手から餌を与えるわたしの姿をじっと見ていた。

動物園の生き物の気分だ。全身に汗がにじむ。

楽しそうにするわけでもなく、無表情のままわたしを見下ろす幸村くんが別人に見えて少し怖い。
わたしの発言で怒っているかもと考えてしまってるから怖いのかもしれない。


「ねぇ、そっち行っていい?」
『え、うん』


幸村くんは二重になっている扉を一つずつ丁寧に開けて檻の中に入ってきた。

うさぎが開けた穴ぼこに足を取られないように、慎重にわたしの隣にやってきた幸村くん。
しゃがみこんでパンダのような模様のうさぎをじっと見つめていた。


「この子達、無心で食べてるね」


触ろうと手を伸ばすこともなく、ただただうさぎの口に小松菜が消えていく様子を見ている。


『うさぎって取り置きができないらしくて、あればあるだけ食べるんだって。いつ天敵が来るかわからないし、食べれる時に食べる習性なんだろうね』
「意外と理性ないんだね」


好みのご飯がなくなったのか、数羽が餌皿から離れお気に入りの場所に帰っていった。


幸村くんはさっきの続きなんだけどと口を開いた。


そうだ。幸村くんはうさぎの話をしにきたわけではない。

しかしやはり恋愛相談。わたしの務まる話題ではない。
投げかけられた質問を彼の求める答えにできるかわからない。


「その子とデートもキスもセックスもしたいけど、やっぱり会話をする関係にしたいなぁ。やっぱり告白した方がいいかな」
『きっかけの為には有効だと思うよ。結果は知らないけど』
「そっか、そうだよね。難しいな」
『グイグイ行かないと気付かないかもしれないしさ、幸村くん次第だよ』


幸村くんは顎に手を置いて考え始めた。
ここで考えられても掃除ができないから困るんだけども。


朝の食べ残しの皿を片付けて、給水器の水を取り替えても幸村くんは悩んでいた。
いいよもう。先に掃き掃除は終わったから。


「姓さん、助けて。足が痺れちゃった」
『ちょっとダサいよ、幸村くん』


手を差し出されたので、その手を握りゆっくり引き上げる。握った手はどっちが大きくて頼れるんだか。

よろよろと立ち上がる幸村くんはちょっと、いや結構ダサい。


知ってか知らずか幸村くんの足に激突していくうさぎたち。
その度に苦悶の顔を浮かべて、わたしの手を握る力が込められる。

幸村くんの弱点を見た。


「おっと」
『無理無理!幸村くんの体重は支えられない!』


ついにバランスが取れなくなった幸村くんがわたしになだれ込んできた。

お、重い……!胸を押して彼を支えるだけでも結構しんどい。
固い砂地に立ってるから滑る。何よりうさぎが心配だ。


「なーんてね」
『は?』


幸村くんは体勢を立て直し、わたしをまっすぐ立たせた。
何事もなかったようにジャージを直した幸村くんは口を開いた。


「君に気付いて欲しいから積極的に行かせてもらうよ。覚悟しておいて」