「アーン?幸村、顔色が良くねぇな」
読んでいた詩集から顔を上げた跡部と目が合った。
彼のことは以前より性格やプレイスタイルの噂を聞いていたが、私生活にもそれらが現れているのか。
俺の顔を見るなり詩集を置き、リラックスしていた身体を正し、再び俺の顔を透かすように見た。
居心地が悪いな。余計に顔色が悪くなりそうだ。
彼と対峙し、向き合い続けた真田や手塚のメンタルを尊敬する。
「体調が優れないなら医者を手配する。症状が上手く伝えられないなら俺様が手を貸す」
「いや、体調は問題ないよ。怪我もしてない」
「じゃあなんだ」
この程度でイラつく彼でもない。
純粋にチームメイトの俺が心配なのだろう。
もしかするとあまりにも陰気臭くて、跡部も居心地が悪いのかもしれない。
「少し君にはくだらないかも」
俺はそう前置きをした。
「彼女が二週間もキスをしてくれない」
跡部との間に微妙な空気が流れた。
俺があまり深刻な顔をしている割にあっけらかんと悩みを打ち明けからだろう。
跡部は珍しく腕を組み口を開いた。
「彼女側の問題だろうな」
名と跡部はこの海外遠征で初めて出会ったはずだ。
なのに平然と彼は言った。性格も趣味も知らないのに。
「どうしてそう思うんだい?」
「二週間もキスしないで不安がるお前が、彼女に暴力なり言葉で傷付けないだろうからな。それに力技で進めそうな幸村が退いたということは、それだけ強く拒否する理由があんだろ」
「例えば?」
「んなもん、本人に聞いてみればいいじゃねぇか」
跡部は最後まで付き合ってやれないと言わんばかりに、身体をソファに投げ出し、読みかけの本に手をつけた。
跡部に相談しても疎ましがられるだけで答えは出ないのだろう。
俺は携帯電話を手に取り個室へ向かった。
おそらく大会中に考えることではないのだろうけど、必死になって嫌がった姿が胸の奥の気分を悪くする。
『もしもし』
「もしもし。今大丈夫かい?少し会いたいんだけど」
『いいよ。ロビーでいいかな』
電話を切り、部屋を出る俺に跡部は熱くなるなよと一言放った。
名もサポーターとしてこのホテルにいるから、すぐに会える。
それが故に、二週間のお預けにモヤモヤするのだけど。
不二とか白石とか徳川さんとか、女の子に魅力的な人がこれだけ集まってるんだから、心変わりしたっておかしくないんだ。
慢心しすぎだ反省しろって意味かもしれない。
何にせよ、もう確かめる他ない。
俺より先に来ていた名は俺を見つけると、腕を振り上げて手を振った。
この姿を見ると、浮気なんて1ミリも心配する必要がないと思える。
当然、俺の場所はここだと言わんばかりに、名の隣に腰を下ろし、単刀直入に尋ねた。
「最近、キスをしてくれないのはなんで?」
『え?』
鳩が豆鉄砲を食らったように、名は一瞬考え、うつむいた。
「嫌になった理由が知りたいんだ。俺ばかり名を求めているようでつらいんだ」
うつむいたまま何も発しない名に、遣る瀬無いような苛立ちのようなものが湧いてくる。
名は指先ばかり動かして、小さく「どんな理由でもいい?」と呟いた。
名との関係は終わった。そう思った。
『虫歯の治療中だからチューできない……』
歯切れが悪そうに、苦虫を噛み潰したように彼女はそう言った。
今度は俺が豆鉄砲を食らってしまった。
「それだけ?本当にそれだけ?」
『う、うん。もうちょっとで治るよ』
「そうか、よかった」
一安心だ。名はなんだか理解をしていないけど、説明するほどのことではない。
むしろ、恥ずかしいとも思えてきたから黙っておこう。
名が完治したときに、思いっきり甘えてやろう。
今よりも不思議そうな名が見れるだろう。
2週間以上ぶりなんだし、多少は……ね。