『幸村くんが来ても居ないってことにしといて』
「いいけど……無駄だと思うぞ」
『居ないものは居ないので、何卒』
「ふぅん。姓は居ない、ねぇ?」
『ヒェ』


教室で騒いでる男子の集団の陰に隠れてやり過ごそうと思ったのに、早速幸村くんにバレてしまった。

ジャッカルは幸村くんをよく知っているから苦笑いを浮かべた。
だって、表情でどういうことを考えてるかわかるんだもん。
超不機嫌なことくらい知ってるもん。


無言でジャンパースカートを幸村くんに掴まれ、力任せに連行される。
大体屋上だから、抵抗せずにとぼとぼついていくしかない。


今日の不機嫌の理由は何だろう。
雑草と間違えて株を抜いてないし、逆に花が咲いてるから雑草を花壇に置き去りにしてないし、カンカンに真夏の太陽を浴びた土に水をかけてない。

……これだけやらかしてたら、"またかの"またかをしてしまってるかもしれない。
よくもまぁ失敗だけは上手だよねって、幸村くんに嫌味を言われてしまう。


何を言われるんだろうと最悪の想定をしているうちに屋上にたどり着いた。
今日も嫌味なくらい爽やかで気持ちがいいこと。


姓も座ってと、花壇の縁に2人並んで腰掛ける。
すぐ話が始まるかと思ったら、しばらく無言で花と一緒に風に流されていた。

え、何この沈黙。
空気が重だるくないのは、空が青いから?風が気持ちいいから?
幸村くんがさっきまで不機嫌だったのに穏やかだから?


『な、何の用事?』


呼び出された理由が日向ぼっこなわけがない。
居た堪れないわけじゃないけど、理由は気になるので、わたしから話題を振ることにした。


……聞こえなかったかな?

幸村くんは静かなままで、顔に髪がかかっても気にすることなく、少し険しくなった気がする口元が気になる。


「君、告白されてただろ」


わたしがもう一度口を開こうとした時、幸村くんが先に口を開いた。


え、あ、告白?昨日のことかな?

多分後輩だったんだと思うんだけど、どこかで話したり、接点があったりしたわけじゃないから、お断りをした。
彼を知らないからとかじゃなくて、何となく苦手な感じがあった。


「付き合うの?」
『断ったよ。なんか苦手なタイプっぽいし』


その時、彼は「やっぱり幸村先輩ですか」とか言ってたな……。
わたしがよく一緒にいる男子って、幸村くんぐらいだから、そんな風に見えちゃったんだろうな。

幸村くんも幸村くんで、わたしの扱いがちょっと違うし。
男友達みたいな、適切な距離感がちゃんとあって、ふざけたり好き勝手なことを言い合ってる。
だから、ほかの女の子と話すように柔らかな物腰や、言葉が出てこない。

でも、わたし自身特別に思ってないし、幸村くんもそうだと思う。


「彼氏、欲しくないの?」
『欲しいけど、誰でもよくて見栄のために苦手でも付き合うのは違うよ〜』
「よかった。姓と価値観が同じで」


幸村くんはもろにその立場の人だよなぁ。
いろんな人から告白されて、付き合っちゃえばいいのにって言われ続けてるんだろうなぁ。


「俺も彼女欲しいんだよね」
『初耳!部活命で恋愛とかめんどくさい人だと思ってた』
「好きな子のことがめんどくさいわけないだろ」
『ひぇー!そんなこと言われたーい』


幸村くんがモテるポイントが天然タラシだったこと忘れてた。

重いものは「持つよ」って言ってくれるし、高いところの作業も「俺がやるから支えてて」とか言うし、「君の手が荒れるから代わりに掃除するよ」とか言っちゃうもんね。
言われた時にはびっくりしちゃったよ。さらっと気遣いするんだから。

でも、仲のいい代わりに、幸村くんのめんどくさいところとか、怖い部分も知ってるから、ほかの女の子の目がハートになるところにもノーリアクションなんだけど。


恋バナするために不機嫌に屋上へ連れ出してきたの。
この話が終わったようなら、もう教室に戻りたいんだけど。


『というか、チャイム全然鳴らないね』
「あぁ、ここのチャイム壊れて聞こえないよ」
『え?!もう授業始まってるの!戻らなきゃ』
「いいんじゃない?このままサボっちゃえば」


幸村くんは大きく伸びをして、花壇の縁にごろんと寝転がった。
優等生らしくな〜い。バレて真田に怒られればいいのに。
幸村くんはぼーっとして授業に出る気はさらさらないようだ。


「ねぇ、姓」
『何?』


頭をわたしに向けて寝転がっている幸村くんには、うつむけば目が合う。
青空が眩しくて目を細める彼は、薄く形のいい唇を動かした。


「俺は君の彼氏になれるかい?」