「今年も渡せなかったわけ」


赤い包紙には今年も仁王に渡せなかったチョコレートが入っている。

去年は手作りだったけど、渡せなくて自分で作ったものを自分で消化するのが悔しくって、今年はデパートで買った。
たくさん試食して決めたビターのトリュフチョコレート。


去年は捨てるくらいなら寄越せと言ったブン太も、小心者で根性無しにかける言葉もないと憐れんだ。


ブン太は小学生の頃からわたしを知っている。
帰り道もほぼ同じだったから、ふざけて遊びながら帰ることも多かった。
そんな付き合いだったからこそ、わたしが仁王のことが好きだと、どこかのタイミングで気付いたらしい。

ブン太は仁王のことをわたしよりよく知っているから、応援してるだとか、寄り合わせようとわざとらしいことはしなかった。


「どうしても渡したいなら、テキトーに机にでも置いとけって言っただろぃ」
『ブン太も見たでしょ。仁王の行動!』


今年の仁王は全て無視を決め込んでいた。

下駄箱に入ってるやつは、靴が出せないし、入れられるないから部室で持参したスリッパに履き替えた。

机のものは、中のものは勿論無視して、上に乗ったチョコレートも動かすことも触れることもせず、そのまま授業を受けた。
先生に片付けろと注意されれば、


「俺の物じゃないき、触りたくないぜよ」


といい、忘れ物として先生が回収していった。
直接渡しにやってきた子にも、要らん食わんと冷たくあしらった。


そんな仁王の態度を思い出すと、イライラするし、胸の奥の方につっかえる何かが湧いてきた。


「仁王の奴、どうせ貰ったところで食わないから俺のところに持ってくるし、それで太ったから、幸村くんと真田が食わすなって言ったから受け取らないわけ」


そんな真相がテニス部の中にあったんだ……。
てか、去年渡せていたとしても、ブン太の胃袋だったのか。
それなら渡せなくても、まぁ……うん。


『それにしたって言い方ってあると思わない?』


同じテニス部の色男幸村くんも今年は受け取らないスタンスだった様子。
机の上には受け取れないと置き手紙をして、手渡しで持ってきた子にはきちんと頭を下げていた。

一方ブン太は本命とお返し目当ての義理の半々だ。
たくさん食べられればラッキーだから
それでいいらしい。
プライドはないのだろうか……。
でも、それなりにのらりくらりと告白は躱しているようだ。


「ある。白金とか青山とか北海道にしかない店のチョコレートもあったのに受け取らないってなんだよ!」
『そこ?』
「姓のやつだってミラノから来たやつだろぃ」


さすが、ブン太詳しいな……。
仁王にはどこで買ったか、どんなブランドか伝わらないだろうけど、その辺で買ったやつじゃないくらいが伝わればよかっただけで、手作りで本気度とか、他の子に見劣りして欲しくなかったとかそんなので……。

わたしは大きくため息を吐いた。

バレンタインが終わっても、未練がましく仁王宛のチョコレートを学校に持ってきているのだ。
いい加減諦めろとは思っている。けど、渡して傷ついた方がいくらかマシなのだろうと思っている。

でも、受け取らない仁王の態度はムカつく……!


『ブン太!食べよう!』
「いいのかよ」
『いい!』


わたしは包装紙を乱暴に破いた。
隣でブン太が呆れた声で喋っていたがどうでも良くなった。


『おいしーいにがーい』
「お前ちょっと自棄になりすぎだろぃ」


美味しいけど、敗北者の味だよ。思わず天を仰いだ。
苦くて、好んで食べるには経験が必要だ。


「丸井、腹減った」
「おう、仁王。チョコならここにあるぜ」


猫背をさらに曲げた仁王がふらっと目の前に現れた。
空を見ていたから気がつかなかった。それに音もなかった気がする。


丸井は自分の物のように、わたしの手の中にあったチョコレートを取り上げ、仁王の前に突き出した。


「仲良いのは知っちょる、人のもの薦めるとは思わんかった」
「二人で食べる話だったから、仁王が食ったって変わんねぇよ」


仁王はしげしげとチョコレートを眺め、わたしの顔を見た。


『お腹空いてるなら全部持っていっていいよ』
「は!俺まだ食ってない!」
『食べなくてもチョコは食べ足りてるでしょ!』


ブン太は黙ってて。
これは最初で最後のチャンスだ。
食べかけにはなってしまったけど、結果的に仁王のためのチョコレートが彼の元に渡るのだ。

仁王は少し考えた後、箱ごと受け取った。


「遠慮なく戴くぜよ。丸井には一粒だけ食わしちゃる」
「ケチ」


そう言いながら、丸井は一粒摘み上げ口の中に放り込んだ。


チョコを受け取った仁王は頬張りながらこの場を後にした。
仁王が受け取ってくれた。超緊張した〜。
遠く離れていく仁王の背中を見送って、わたしは大きく息を吐き、ベンチに身体を投げ捨てた。


『バレンタインってことでいいよね』
「いいんじゃね?だいぶ過ぎたけど」


両手を挙げて、チョコレート渡せてラッキーより、ノルマ達成とか、疲労感の方が大きい。


「俺、思ったんだけど、仁王が一つとかじゃなくて、丸ごと持っていったからワンチャンあるんじゃね?」
『ないでしょ。腹ペコだっただけだって』


ブン太じゃあるまいし。
ワンチャンあったら嬉しいけど、ないって。
バレンタインからだいぶ過ぎたし、ホワイトデーにお返しがあれば、ワンチャンを信じてもいいかな……?