「名!さっさと捕まってよ!!」
『嫌です!!』
バタバタと廊下を駆け回る二人。
先生に怒鳴られつつも、誰も一向に二人を止めやしない。
追いかけられている方は姓名。追いかける方は幸村精市。
男の方はテニス部でコートを駆け回る日々を送る中、女の方は運動部ですらない。
例え、元々50メートル先にいようがウサギとカメの競争はウサギが勝つ。
あっという間に幸村は名に追いつき後ろから抱きしめられる。
『離せー!』
「だーめ」
この二人の追いかけっこが始まったころは、女子の悲鳴が聞こえていたが、今はまたやってると微笑ましくも呆れられながら見守られている。
「はぁ、名。好き」
『気持ち悪いんだってば!』
中学までの彼らはこんな様子ではなかった。
高校に上がり、大型の連休が過ぎ、中間テストの少し前。
「なぁ、名って幸村くんのことどう思ってるの?」
放課後、勉強教えてくれとブン太に頼み込まれたので、隣同士机をくっつけ問題集を開いている。
まだ高校の勉強は始まったばかりだというのに、ブン太はもうわかってないご様子。
仕方ないきっちり教え込むかと思った時に妙な質問をされた。
『幸村?別に』
「もし、幸村くんがお前のこと好きだったらどうする?」
なんだそのタラレバ話は。
『どうもしないかな』
「告白されたら付き合うか?」
『そんなに真剣に質問するなら勉強についてにしてくれない?』
もうブン太はシャーペンなんて握ってない。
匙を投げたのか、答えるまで勉強しませんよの意思表示なのか。
わたしは肩をすくめる。
『付き合わないかな。幸村ってなんか違う』
「というと?」
『話さなきゃダメ?ほら、なんかしつこそう』
「あー、うん」
妙に煮え切らない返事をするブン太。
『執着が悪い事じゃないと思うけど、幸村がわたしをってまずありえないでしょ。共通点ないし?』
「うん」
顔はとても良い。どちらかといえば好みではある。
性格はよく知らないけど、ブン太曰く悪くはない。八方美人。分け隔てないなら好感触。
部活も勉強も頑張っていて、先輩から中学の後輩、先生まで信頼は厚い。
テニスは凄すぎてよくわかんないけど、ファンがいる。
そんな奴が、平々凡々に生きてる尖ったところのないわたしを特別視することなんてまずない。
それをブン太はこくこくと頷きながら聞く。
勉強もそれくらい真面目に聞いてくれ。
『存在が遠すぎて、人間って意識すらないよ』
「神の子だしな」
『まぁ、しつこいくらい好きだって態度で示されたら意識するかもしれないけど』
「そう」
あはははと笑い飛ばそうとしたら、ブン太ではない声がした。
そろりと振り返る。
『幸村』
「やあ」
「幸村くんこれが名の本心。ちゃんと聞いてた?」
「バッチリ」
ニコニコの幸村に、ニヤニヤと笑うブン太。
こいつらグルだったか。
「俺、名にそう思われてたんだね。顔も性格もいいって。好きになるしかないよね」
『いや……』
「俺は名の事好きだよ」
『無理です』
怖くなってそろっと席を立つ。
笑顔がこわい。なんというか、何か良からぬものを背負ってますよね?
ジリジリと距離を詰められ、同じだけ後ろに下がる。
ブン太の風船ガムが割れる音を皮切りにわたしは教室を飛び出した。
「追いかけっこ?捕まえたらどうしようかな」
『無理無理無理!無理だから!!!』
「あいつ、不憫だなぁ」