高等部の校舎の構図はまだわかってない。
とりあえず誰もいない廊下を駆け、階段を上がる。
振り返るのが怖いから耳を澄ませるけど、ランニング程度の速度で追いかけてくる。わたしは全力疾走だっていうのに。
「そっちは行き止まりじゃない?」
『え?わわっ!』
気付けば階段の最上段に来ていて、屋上への扉の前に来ていた。
一か八か、ドアノブに手をかければ簡単に回った。
屋上に飛び出しはしたけど、結局のところ袋のネズミであって、奥まで走ってフェンスに背中を預ける。
まぁ、幸村は追いかけてきてるわけで、追い込んだとわかった瞬間から走らず歩いて向かってくる。
「はい、壁ドン」
カシャンとフェンスが音を立てる。
見上げてはいけない。見上げてはいけないけど、目の前に細身と思わせてかなり鍛え上がった体が目の前にある。
なんで意識してるんだよ!少し熱くなった頬は見られたくない。
全力疾走で上がった息を整えつつ、少し汗ばんだ頬に張り付く髪を耳にかける。
チリチリの視線を感じる。
なんだこれは。そういうプレイなのかよ。
「心に悪いな、本当」
『じゃあ、見ないでよ。離れてよ』
「いいじゃん、減らないでしょ」
『精神がすり減るわ』
フッと、耳に息を吹きかけられる。
身体が跳ね、思わず幸村の方を向いてしまった。
鼻がぶつかるんじゃないかって距離に幸村の顔があった。
熱く潤んだ瞳。端正な顔立ち。淡く桃色に色付いた透明感のある肌。
見とれてしまう前に顔をそむけようとすれば、顎を掴まれ逃げ場を失った。
絡み合う視線。解けない。
「名、好きだ」
幸村の吐息が顔にかかる。熱い息だ。
『無理』
「俺のこと嫌いじゃないんでしょ?付き合うだけだからさ」
『だけじゃなくない?』
「ふふっ、そうだね。全身撫で回して舐め回して、いたぶりいたぶった上で食べたいね」
笑顔で言ってのけるセリフじゃねぇよ。
『変態じゃん……』
そうぽつりと呟けば、幸村の顔が険しくなった。
えっ、禁句だった?でも、変態だよね、あの発言。
黙ったまま見つめてくる幸村に落ち着かない。
全く時間は経っていないのに、一時間くらいこのままにされている気持ちだ。
交わったまま離せない視線。
「どうしよう、シたい」
『最低』
腕に止まった蚊を叩き潰すくらいの強さで、幸村の頬を打った。
まぁ、効き目がないこと。逆にニコニコされてしまった。
「名が俺と結婚してくれるまでこれから追いかけ回すね」
『飛躍しすぎ』
「付き合うってそういうことだろ?」
なんで15、6歳で結婚が前提のお付き合いなんだよ。もっと、そういうことを置き去りにして遊ぼうよ。
いや、遊ぼうよって、なんかもう付き合ってるみたいじゃん。違うし。
幸村は何かを考えている様子。
あの、そろそろ離れて頂きたい。
「じゃあ、高三の3月5日に返事を頂戴」
『何の日なの?』
「俺の18歳の誕生日。その日にプロポーズするね」
だから、飛躍しすぎなんだってば。
「俺はしつこいよ」
『そんな気がしてた』
「うんうん。名は俺のことなんでも知ってるね。嬉しいな」
話聞かないな。
この話の聞かない野郎、幸村精市にこれから本当に毎日追いかけられる日々が始まった。