幸村精市はわたしのストーカーだ。
「好きだからなんでも知ってるから」とか言って、気付いたらメッセージアプリに彼が登録されていた。
実際本当に何でも知っている。
血液型、誕生日、好きなもの。身長、体重、スリーサイズ。
それらを語るうっとりとした幸村に眉間にシワを寄せる毎日。
こういうものに対して特化したやつが彼の友人にいるもんだから、困ったものだ。
『柳、幸村に何脅されてるの』
昼休みにわざわざ図書室まで足を運び、情報源、柳蓮二に問い詰めに来た。
「勝負に負けたら一つ教えるという賭けをしてるだけだ」
『わたしのこと、どれだけ知ってるの?』
柳はフッと笑うだけで答えは返ってこなかった。
『柳、これだけ教えて。今、どの方向に避けるのが正解?』
「左への回避率60%だったが、3秒遅かったな」
「なーんだ、気付いてたの」
スルリと後ろからお腹に両腕が回った。背中にぴったりと温もりを感じる。
幸村はわたしを見かけると抱きついたり、やたらとスキンシップが激しかったりする。
異性に身体を触らせるなんて、心を許してるんだねとか幸村は言うけど、その細腕からは考えられない力で拘束するから逃げられないだけ。
でも実際、こうされても別に鳥肌が立つほど気持ち悪いわけではないし、ベタベタ触られるわけではないからこのままにしている。
これが二人きりだったら、全身撫で回そうとするので、全力で拒否する。
「冗談でもそういうことするな」って言うと、「無意識」なんて返ってくるからタチが悪い。
本を読まずに図書室で不本意ながらイチャついてるのもどうかと思うので、幸村を連れ出して、家庭科室へ向かった。
家庭科部のわたしは、学年を代表してここの鍵を持っている。
道具類とかは鍵のかかった準備室に入ってるから割といつも自由に出入りしている。
「名から二人きりなんて積極的だね」
わたしは黙って教室の後ろに積まれた椅子を二脚取り出す。
一脚を幸村に差し出すと、膝の上に座ってと要求される。拒否を兼ねて、別の椅子に座った。
「名ってさ、俺のこと嫌いなの?こうやって男にベタベタ触られるの慣れてるの?」
片手は机に頬杖をつき、片手はわたしの手を取り弄ぶ。
拗ねた子供か。ちょっと可愛くて思わず笑みが零れる。
それをよろしく思わなかったのか幸村は眉を寄せた。
『幸村のことどうでもいいとかは思ってないよ』
好きとも嫌いとも言わず、曖昧な返事に幸村は複雑そうな顔をした。
嫌いとはわたしも言い切れないし、好きだなんて以ての外だけど。
『幸村のスキンシップはちょっと激しすぎるかな?』
「仕方ないじゃん。名との距離の取り方わからないから」
弄んでたわたしの指に指を絡める。
そのままグイッと引っ張られ、わたしは幸村の目の前に立たせられる。
「どこが好きって言われたってよくわからないけど、身悶えするし、夢にまで出てくるし、知りたいから蓮二に名のこと色々聞いたって、君じゃないから満足できない」
腰に手を回され抱き寄せられる。
幸村はわたしの胸に顔を埋め、静かに時が流れる。
幸村はわたしのことそんな風に思ってるんだ。
恋い焦がれるってそういうことなんだ。
むず痒いこの空気にドキドキする。
聞こえてるよな、この心臓の音。
「はぁ、名のおっぱい、柔らかいし、もう少し大きくなる見込みがありそうだね」
わたしは拳骨を振り下ろした。
自分で雰囲気作っといて壊すのかよ!
今告白したらOK出すところだったじゃん!
『幸村最低』
「えー、本心なのに」
幸村の肩を掴んで引き剥がそうとしてるのに、それよりも強い力で抱きしめられる。
こいつからは逃げられないし、慕われてるから無下にもできないし、ちくしょう。