『はい、幸村。今日はレモンとハチミツのマフィンです』
一緒に帰らないとか言いながら、家庭科室で掃除をしながら俺が来るの待っている名。
透明な袋に3つ、レモンの輪切りの乗ったマフィンが入っていた。
やっぱり違うもの。
「ねぇ、名」
『嫌いだった?』
カチャンと家庭科室の鍵を締めて、鍵をカバンに押し込む。
その時、ちらりとカバンに二つ俺の持っているマフィンと同じものが見えた。
そうじゃなくてと首を振る。
名は怪訝そうに俺を覗き込む。
「今日、作ったのってプリンだよね?」
名の目が泳いだ。
「カバンに入ってるのも見えたし、部活中に作ってくれたんだよね?」
『ぐっ……』
「それも今日だけじゃないみたいだね」
問い詰めれば、少しずつ名の顔が赤くなっていく。
「美味しかったよプリン」
『ひとつないと思えば幸村のところに。まぁ、先生にあげるだけだったんだけどさ』
名はため息を吐いた。
『だって、プリンだと持って帰るまでに傷みそうだし、クッキーとか小さめのケーキとかだったら電車待ってる間に食べられるじゃん』
小さな声で口を尖らせる名の呟きに胸がときめく。
本当にキュンとくることってあるんだね。
中一に初めて名を見て狼狽えたときは、心臓を槍で一刺しされた衝撃だったのに。
炎天下でも傷みにくい焼き菓子。
電車を待ちながら食べやすいもの。
晩御飯が入るように、ちょっと物足りないくらいの小腹満たしの量。
どれを取ってもちょっとした気遣い。
ヤバイ。この子は本当になんなの。
『幸村』
くいくいとカッターシャツの裾を引っ張る。
何か考え事をしているのか、立ちっぱなしで動こうとしない。
『おーい、精市くん』
ひらひらと彼の目の前で手を振れば、思い出したように意識が帰ってきた。
「えっ、今」
『幸村帰ろう』
「今、精市って言わなかった?」
ねえねえと問い詰められる。
言ったけど、もう言わないよ。
逃げるように廊下を進むと、後から追いかけてきた幸村に指を絡めて手を繋がれた。
「名前を呼んで」
時折見せる、幸村の王子様スマイル。
セクハラしなかったり、ポロッとエグいこと言わなかったら非の打ち所がないのに。
本当にしつこいくらいに、わたしを追いかけてきて、気付いたら胸の内のどこかに潜り込んでいて、完全に意識せざるを得なくなるなんて。
『ゆきむら』
「うん。違うでしょ」
『……せーいち』
「名!」
後ろからは何度も抱きつかれるから慣れたけど、真正面からはちょっと、まだダメだ。
「名、好き。大好き」
『しつこい』
今日はちょっとおとなしくいよう。