「名、男の子が迎えに来てるんだけど、何か約束してるの?」
『へ?』
夏休みに入り、まだ午前中に起きて長い1日を過ごせるうちにと、中学と比べて格段に増えた課題の量と戦っていた。
そんな中、間違いじゃないの?って思う訪問者。
なんとなく嫌な予感がする。
わたしは玄関を開ける。
「久しぶり、名」
顔を見るなり反射的に玄関ドアを閉めた。
やっぱりな!
玄関に立っていたのは、記録的猛暑の中涼しい顔をして立っている幸村。
夏休みだ!幸村に会わなくて済む、ハッピーってわけにはいかなかった。
それにしても、なんで家を知ってるんだろう。柳かな。
気持ちを落ち着かせてもう一度扉を開ける。
「酷いな、熱中症になったらどうするの?」
『もう煮えてるでしょ。部活は?』
「休み。名に会えば身も心も休まるかなって」
わたしの身と心が休まらないんだけど。
大会もあったりする中で与えられた折角の休みなんだからわたしに時間をくれなくてもいいのに。
『遊びに行くんでしょ?ちょっと待ってて』
「えっ」
出かける予定もなかったから部屋着のままだ。
部屋に戻るために踵を返したときに、幸村の嘘でしょという声に振り返る。
『違うの?』
「付き合ってくれると思ってなかったから」
確かに幸村は遊ぼうなんて一言も言っていない。
遊びの誘いに来たと勝手な解釈をしたことに後悔する。
「ここで待たせてもらっていいかな」
幸村は玄関の段差に腰を下ろす。
わたしは急いで部屋に戻り、適当にワンピースに着替える。
夏はワンピースにサンダルだけでいいから楽よね。
それに黄色い花のイヤリングをして、カバンに財布と携帯とハンカチを突っ込む。
日焼け止めを塗って、髪をといて部屋を出る。
「本当にすぐだ」
幸村は微笑む。出た王子様スマイル。
柔らかな笑みに胸が高鳴る。
「私服だともっと可愛いね、名」
『気のせいだよ。可愛いのも気のせい』
自分に言い聞かせるように、上がった熱を冷ますように心の中でも繰り返す。
「デート?いってらっしゃい」
「日が暮れるまでにはお返ししますので」
幸村ってば、お母さんの前で猫被ってる。
微笑みにお母さんの頬が染まってるし。
いってきますと玄関を閉めれば、幸村に飛びつかれた。
『熱い!』
「私服可愛すぎるし、あの油断しまくった部屋着は何なの。もうお母さんにもご挨拶したようなものだよね。くださいって言っちゃうべきだったかな」
『やかましい』
さっきの大人しい幸村はどこへいった。
脱ぎ捨てた猫はどこへ。
「名を好きになってよかった」
『はいはい。どこへ行きますか』
「俺の家」
『暑いし、室内がいいよね』
「えっ、いいの」
幸村は調子狂うなぁと、わたしの手を取り歩き始める。
「俺の家でいいんだね?何するかわかんないんだよ?知らないからね」
『じゃあ、なんで誘うのよ』
何度も何度も念を押して、だけど歩みは止めず。
「あー、やっぱり映画館に行こう」
『お付き合いしますよ』