「不二くんって名のこと見てるよね」
『不二くんが?』
昼休み。友達と机をくっつけてお弁当を広げる。
今日の卵焼きはよくできたなと突いていると、友達が冗談でもありえないようなことを言ってきた。
わたしは教卓の真ん前だから、窓際の後ろの方の不二くんの視界に入るだろうけど。
ちらりと不二くんを見れば、穏やかな笑顔でひらひらを手を振った。
わたしは軽く会釈だけをして、お弁当に向き直る。
『気のせいでしょ』
「今ので!?」
いや、今のはみんなそういう反応するでしょ。
不二くんは中3にしたら、落ち着きすぎていて、受け身でいると思えば、テニスでは天才と言われるくらいの人で、穏やかにいつも微笑んでいる。
性格も見た目から滲む。優しい。
日直は自分の時でもないのに黒板の高いところを拭いてくれたり、返却のノートを持ってくれたり、出席番号的に今日は当たると覚悟してる時に答えを教えてくれたり。
困り果てる前に不二くんは手を差し伸べてくれる。
「名を意識してると思うんだけどなぁ」
『視界にはあんたもいるんだから、自分かもとか思わないの?』
「ないない。乾くんなら何か知ってたりして」
『そういうことにあんまり首を突っ込まないようにね』
昼食のパンを食べ終わった友達は机を戻して乾くんのところに行った。
人の恋愛を楽しむなら、自分で恋愛したらいいのに。
ミーハーでちょっと前に不二くん不二くんって言ってたのに、3日とせずに言うのをやめていた。最短記録だねって笑った。
わたしはまだ食べてると言うのに、一人ぼっちにするんだから。
「姓さん」
『不二くん』
友達が居なくなったことを図ったかのように、不二くんが隣の椅子を拝借して座った。
「一緒に食べていいかい?」
『まだ食べてなかったの?』
わたしはお弁当をずらして、不二くんがお弁当を広げるスペースを作った。
「姓さんのお弁当はお母さんの手作り?」
『ううん。自分で。夜のうちに作って、ご飯と一緒に朝に詰めてる』
「へぇ、すごいね」
いや、どう見ても不二くんのお弁当のほうがすごい。
美味しそうと思わずじっと見てしまう。
「食べる?」
『いいの?』
卑しい子って思われたらどうしよう。
不二くんは卵焼きを箸でつまみ、わたしの口元に差し出す。
『あの、』
「ん?」
静かに細めていた目が開かれる。
このまま食えということなんだろうな。
恥ずかしさで目を開けてられないので、伏せてから口を開けば、卵焼きが放り込まれた。
だしの効いたちょっと甘めの卵焼き。
『美味しい……』
「じゃ、姓さんの貰うね」
何事もなかったかのように、わたしの作った卵焼きを頬張る不二くん。
「しょっぱめなんだね」
『お父さんが関西の人だから』
「僕は姓さんのほうが好きだな」
自分の家の卵焼きを見つめた後、口に放り込む。
不二くん思ったより食べるペース早い。
わたしも思い出したように残りのお弁当を平らげる。
「ごちそうさまでした」
『でした』
随分育ちも良いようで。
ふと、さっきの友達との会話を思い出す。
『不二くん、つかぬ事をお聞きします』
「なに?」
『わたしのこと見てますか?』
不二くんは微笑み、空になったお弁当箱を持って自分の席に帰ってしまった。