幸村から貰ったリナリアが萎れてからは、花瓶には造花が鎮座していた。
大ぶりで一輪でも存在感のあるダリア。

季節は夏に切り替わり、造花にして花を入れ替えないから、その花瓶の存在を少し忘れかけていた。


「すまない、苗字。幸村の見舞いに代わりに行ってくれないか」


夏休みに向けた部活の申請書を確認していると柳に声をかけられた。

一冊のクリアファイルを柳から手渡される。
授業のノートや、補習代わりのプリントだ。


『いいけど、どうして?』
「テニス部が顔を合わすのが少しな」


柳は奥歯を噛み締め、苦しそうな顔をした。

それ以上は聞かず、わたしは病院と病室を聞いて生徒会室を出た。


手ぶらで行くのも味気ないかなと思って花屋に立ち寄る。
何がいいかな。夏だし、ひまわりかな。


たった5本の小瓶に挿した花束。
ついでにわたしの好きなクッキーも持って、病院にやってきた。

軽くノックして病室を覗く。
ベッドに座って文庫本を読んでいた幸村は顔を上げて、目を丸くした。

そりゃそうだよね。
あまり関わりのないわたしが顔を覗かせたのだから。


「苗字がなんで」
『柳に頼まれて』


文庫本を閉じた幸村はベッドに手招きをしてわたしはそこに腰掛けた。


『お見舞いとノート』
「ひまわりか。夏だね」


切なげにひまわりを見つめていた。


こんな空調の効いた病室では、ジリジリと照りつける太陽とは無縁だよね。


『そうそう、オダマキの花言葉って知らない?』


柳の様子からしてテニスの話題は避けたほうがいいのだろう。
だから花の話題を持ち出した。
あの時、聞きそびれた花言葉。


「《必ず手に入れる》だよ。だから、花束を受け取ったとき驚いたんだ」


花には意味があるから。あの日の幸村の言葉を思い出した。
そんな告白紛いの花を見ず知らずの奴から受け取っていたのか。

急に恥ずかしくなって、俯き、赤くなっているであろう頬を隠す。


「ねぇ、ひまわりの花言葉知ってるかい?」


一輪花瓶から抜き取りわたしの耳にかけた。


「《あなたを見つめている》だよ。君は花言葉なんて知らなかっただろうけど」


真っ直ぐ見据えられ、目が反らせない。


『もしかして、あの日のリナリアも』
「そう。オダマキをあげたのも俺」


幸村の手がわたしの頬を撫でる。


「苗字、好きだ」
『な、ぁ』


沸騰したように熱くなる身体にじわりと涙が浮かぶ。
それを見てクスクスと笑う。


わたしは走って病室を出た。
無我夢中で走って家に着いてから、幸村に付けられたひまわりの存在に気付いた。


返事しなきゃ。どうやって。


「精市」
「ああ、蓮二か」


苗字が病院にきた日からしばらく経った今日。

いつものようにプリントを持って蓮二がやってきた。
でも、手渡されたものはプリントと1束のリボンで束ねられた花が添えられていた、


「誰から?」


蓮二は口角を上げる。
花から察しろってわけね。

ナズナか。


「あ」


脳を探ってナズナの花言葉に行き着く。


「苗字から?」


また蓮二は笑った。


なるほどね。


両手で顔を隠す。
蓮二には俺の気持ちを知っている。

苗字の誕生日。欲しいもの、受け取ってもらえるものを探ってもらった。


「退院したらちゃんと告白するよ」
「それがいい。苗字は花言葉はわからないと言っていた」


それに、すでに良い結果が出ているんだろうと、蓮二は病室を去った。

なんとしてでも手術は成功してもらわないと。
苗字と恋をせねば。