うーん。
一人の教室で明日提出の課題に首をひねっていた。


わたしの大嫌いな数学。
大嫌いだからこそ後回しに後回しを重ねたため、ひと月前から提出の予告が出ていたのに。

家に帰ってしまうとテレビを見たり漫画を読んだりしてしまうので、何としてでも学校で片付けてしまいたい。
なんだけど、拒絶反応起こしてしまって一文字も書いていない。

もう先生にわかりませんでした。テヘッ。って言った方が潔いかもしれない。


「それでいいと本当に思ってる?」
『うおっ!?』


背後から耳元に優しい声で囁かれる。
それに驚いて椅子から転げ落ちそうになる。


『幸村くんか。びっくりした』


驚いてバクバク鳴る心臓を手で押さえる。
わたしの大声で幸村くんは片耳を押さえていた。

それでもニコニコ笑ってる幸村くんはマジ聖者だなって思う。


わたしは体を起こして、幸村くんはわたしの隣の席に腰を下ろした。


『引退したのに部活行ってたの?』
「うん。姓の課題は順調かい?」
『全然!』
「無い胸張らなくても」
『着痩せですー。Cはあるんですー』


今付けてるブラも少しキツくなってる気がするからまた買わなきゃ、じゃなくて、幸村くんにバストサイズ晒してる場合でもなくて課題だよ。


幸村くんの視線が胸に落ちてる気がする。
数学の問題集で隠して、頭を下げる。


『数学教えてください!手間なら写させて』
「いいよ」
『やった!』


思いの外簡単に答えが返ってきて、両腕を上げる。

幸村くんマジ天使!聖者!神!


「あ、もちろん条件があるよ」
『ですよね』


上げていた両腕を降ろす。

でも、課題がきちんと提出できるなら、わたしにできる条件は飲もう。


『条件とは』


幸村くんに体を向けて、足を揃えて手を膝に。


「一問につきキス一回。俺からでも君からでも1カウント。もしくは、書き写した時間分の断続的なキス」
『ほえ?』


どうかな?と条件を持ち出したときには、幸村くんの数学の問題集を片手に、もう片方はわたしの腕を掴んでいた。


わたしに突き出された四択。
自分で片付けるか、諦めて怒られるか、問題集が150問なので150回のキスか、書き写すのに軽く見ても10分はかかりそうなのでその分の長いキス。

問1の答えを導き出すよりもずっと長い時間悩む。
よし、わたしの答えは、


「一カ月前から提出するように言われてたのに一問もやってないなんて先生泣いちゃうよなぁ」
『うっ』
「応用はわかんなくても、折角教えてくれたんだから基礎くらいは解いてほしいよねぇ」
『ううっ』


芝居臭くわたしの良心を突く幸村くんの言葉。
わたしの選択した手段は、解かずに提出するだったから、逃げ場を塞がれた。


「俺とのキスが嫌かい?」
『そりゃあ、恋人でも何でもないし』


ファーストキスだし。

それとも幸村くんはキス魔なのだろうか。

ここで首を捻っている場合ではない。
唇にする気なんてないでしょ。冗談だと思うし。


『わかった、一問一回のキスね』
「ん」


差し出された幸村くんの問題集。
パラパラとめくれば応用もきちんと埋まってる。
すごいなー、テニスもできて秀才なんて。


ま、わたしが応用なんて解けると先生も思ってないし、飛ばし飛ばしでいいよね。
赤点常習犯のわたしが埋めて提出する時点で、先生に写しの疑いの眼差しを投げかけられるに決まっている。


わたしはシャーペンを握り答えを写し始める。


隣で幸村くんが口元を歪めていたなんて知る由もなかった。