『終わった!』
シャーペンを投げ捨て万歳をする。
幸村くんはわたしの持っていた漫画を読んで待っていてくれた。
最近出たばかりの一巻。イチオシ。
「書いて消したり、間違ったり小芝居を打つね」
幸村くんはわたしの問題集をパラパラと確認してから漫画と一緒に返してくれた。
写した問題の数を確認していたらしい。
「うーん、100回か」
『充分じゃない?』
幸村くんは不満そうに唇を尖らせる。
いやいや、恋人じゃない人と100回もキスしないよ、普通の日本人は。
やっぱキス魔なのかな。
「……まぁ、俺のものにしちゃえば制限ないし」
『ん?』
椅子から身を乗り出し、わたしに身体を寄せる。
「いただきます」
『その言い方はちょっと』
顎を掴まれ、間近に幸村くんの顔を見ることになる。
幸村くんの顔がとても整っているから近くで見ると自然と顔に熱が集まっていくのを感じる。
どこにでも来い!100回くらい受け止めてやる!
固く目を瞑り、腹をくくる。ついでに、唇にはしないだろうと高を括っていた。
「名」
『え?んむっ!』
幸村くんの低く甘い声で不意に名前を呼ばれた瞬間、唇に柔らかいものが押し付けられ、口を閉じるより早く口内に何かねじ込まれる。
口の中を器用に動き回るそれは幸村くんの舌。
幸村くんの胸を押して頭を後ろに退こうにも、後頭部に添えられた手がそれを許さず、寧ろより強く押し付けられる。
舌を押し返そうにもうまく絡め取られ甘噛みをされ、わたしの舌を奥に引っ込めれば、頬の内側や歯列、上顎を舐められ、嫌でも背中がゾクゾクした。
唇が離れる時にテラテラと銀の糸が引いていた。
「名ってばいやらしい顔してる」
嬉しそうに顔を歪めている幸村くんの顔は滲んでいる。
酸欠状態でクラクラする頭。口を開き、肩で息をするしかできない。
「どういうキスか指定はなかったよね?」
『そうだけどっ、』
「だから、これが1回目」
親指でわたしの唇を弄る幸村。
さながらもう一度キスするよという予告にも思えた。
わたしもされるがままにあと99回もキスを受け入れるわけにもいかない。
口をすぼめて、唇にある幸村くんの親指にチュッと音を立ててキスをした。
その行動に幸村くんは目を丸くして、唇を弧に曲げて笑う。
『あと、98回だよ!』
ようやく息が整ったから、仕返しも抵抗もできるぞ。
「やるじゃん」
そう言って、わたしが口付けた親指を自身の唇に押し付けリップ音をわざとらしく立てる。
「今日はここまでにしようか。ちゃんと覚えててね。カウントダウンくらいはできるでしょう?」
幸村くんは立ち上がり、教室を後にした。
ふふん、今日から毎日一回キスをされても、学校に来る日はとっくに100日を切っているのだ。
『寒っ』
中間テスト前の9月の終わり。
あれだけしつこくいた残暑は姿を消し、急に冷たくなった空気に身体を震わせる。
だけど、提出すべき課題が済んで足取りは軽い。
学校指定のマフラーを巻いて、ぽかぽかの心で帰路についた。