『おはよ!』
「おはよう。今日は数学があるのにご機嫌じゃない」
『ふふん。問題集は写させてもらったのでバッチリですから!』
胸を張ると、鋭い手刀が脳天に振ってきた。
涙が出るくらいに痛い。舌を噛んでたら死んでたかもしれない。
「努力もしてないのにドヤ顔してんじゃないわよ」
『ふぁい』
数学100点と赤点常習犯がなんで友達やっていけてるんだろ。
このテンポのいいボケとツッコミのせいだろうか。
不本意ながらボケなんですよねぇ。不本意ながら。
背後からその光景にクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「おはよう幸村」
『おはよ』
「おはよう。あんまり姓の脳細胞を無差別に殺してあげないでね」
算数が数学になっただけで、赤点システムが導入されて頭悪いが露呈されただけでひどい言われようである。
幸村くんとあまり話したことなかったけど、そんな人にも頭弱い認定を貰っているのに不平不満が喉まできている。
「数学以外はノートを見直すだけで平均を取れるし、地理と理科だけは抜群にいいのに」
『好きだからね』
「円周率とか素数とか周期表とか覚えなくてもいいようなことを覚えちゃうんだから」
コツコツと頭を拳で叩かれる。
数学だって公式は覚えてるんだけど、どこにどれを当てはめればよいのかさっぱりなのだ。
ついでに言うと、どの問題にどの公式かもさっぱりわからない。
「その割に暗記だけの保健は赤いんだから」
暗記が得意かって言えばそうでもない。
1000までの素数が言えるかどうかの前に、漢字を1つ覚えた方がいいと釘を刺されたことがある。
それもそうかと思って今は漢字の勉強をしている。
というか、一学期の保健は穴埋めじゃなくて書き問題だったから諦めちゃったわけで。
それは保健の担当が代わっちゃったせいもあってだな。
「幸村、このやればできる子をなんとかしてやってくれないかな」
猫のように首の後ろを掴まれて、幸村くんに突き出される。
仮にでも受験生なんだから、と。
「構わないけど」
『ワーウレシイナー』
「幸村に教わるんだからもっと喜びなさいよ」
聖人幸村精市だから断らないんだって。
というか、昨日のことがあって幸村くんは油断できない存在なんだから。
「あ」
『どうかした?』
何か思い出したのか、みじかく声を発した。
幸村くんを見上げると、視界が暗くなった。
教室に悲鳴が上がる。
『あと97回』
「ちゃんと覚えてるね。えらいえらい」
頭を撫でられる。
「あー、二人ってそういう関係?保健は任せたわ」
友達からのジトリとした冷たい視線。
『誤解なんだけど』
幸村くんは否定せずにあははと笑うばかりで、ギャーギャー騒ぐ教室の中を鎮めようとしない。
『おい、キス魔、その辺の女子をその唇で黙らせてきてよ』
「心外だな。俺だって昨日は初めてだったんだけど」
『は、初めて!?』
もう明らかに慣れてます。練習台になった女の子は何人だったかな?みたいな感じだったじゃん。
というか、ファーストキスで舌を突っ込んでくるやつがどんだけいるよ。
男はファーストキスは軽んじるもんなの。
ウンウンと頭を押さえていると、肩に誰かの手が置かれた。
「理由はともあれ、頑張りな、名」
同情と悲哀に満ちた友達の顔かと思えば、面白そうに顔を歪めた友達だった。