「なんで姓さんみたいな人が精市様とキスするわけ」
『さぁ?』


返しが悪かったのか、わたしを呼びつけた女子たちは顔をヒクつかせ力一杯地面を踏みつけた。
静かなリノリウム板の踊り場にじぃんと鉄筋が震え、音が響く。


昼休みに友達に話したように、幸村くんにキスされるようになった経緯を話した。

というか、彼女らは幸村くんの何なんだ。
精市様って。


話し終われば呆れたといった彼女らの視線にお腹が痛くなる。
そんな奴がなんで私立になんかいるの?みたいな目やめてよね。

「受験の時は算数だったし……」って言って、「受験の時に英語なかったっス!」って言ってくれた後輩にしか同意なんてされたことない。


『あと97回のキスに怯えながら卒業するんです。代わってください』


幸村くんとの関係が何か知らないけれど、幸村くんについてで呼び出されるなら、彼女らは多分彼が好きなんだと思う。

それに幸村くんキス魔だし。否定されなかったし。


「精市様とキスなんてしたら死んでしまう」
『物理的に殺されかけたけどね』
「私も問題集見せてもらおうかしら」
『それがいいよ』
「100回と言わずに無制限にキスしてほしい」


幸村くんとのキスの妄想を口にする彼女たち。

呼び出しもそうだけど、一人の男子への妄想を語る女子なんてマンガでしか見たことがない。
幸村くんもマンガにいそうな美少年だし、彼の口から出た要望も少女漫画みたいだった。


ぼうっとその様子を傍観しているだけならもう帰っていいかな。


「その要望に応えてあげようか」


階段を降りてきたのは幸村くんで、西日の射し込む廊下を背に長い影を落としながら現れた彼は神の子と言われるに相応しい。


「その代わり、君たちとキスすると姓とのキスが10増える」
『待て、割に合わん』


踊り場まで降りてくると、惚けている彼女らの一人の頬に手を添えた幸村くん。
とても絵になる。
漫画のような光景を傍観してる場合ではなくて、この場にいる女の子全員にキスをすると、50回も加算されるわけで、今の1.5倍に増えるわけで。


「姓さんが10回キスされたなら、わたしたちにも」


うるうるキラキラした目の彼女らの口から溢れる地獄への切符。

待て待て待て。
今より500回も増やされたら、幸村くんもさすがに飽きてくるだろう。
恋人でも何でもないわたしと1年間で1日2回ほどどこかにキスをせねばならないなんて、罰ゲームよりも殺生。


『ダメだよ、幸村くん』


幸村くんのセーターの裾を少しだけ引っ張る。

幸村くんは目を細めて、彼女から手を離しわたしにつま先を向ける。
つま先が向く方向は興味を示す方向って、いつも後輩くんとの補講の監督を引き受けてくれる糸目の彼が言ってた。


「名」


わたしの頬に手を添え、幸村くんの顔が近付き、口元に2度キスをしてから唇を重ねた。
あと94回。考えることはそればかり。


隣に立つ彼女らは真っ赤にした顔を手で覆いジッとわたしたちを見つめていた。


「俺、この子としかしないから。ごめんね」
「いえ、あの、お邪魔しました」


そそくさと彼女たちは踊り場から去った。


『助かった、のか?』
「ふふ、この貸しは30回追加で勘弁してあげる」
『悪徳!』


まだご飯奢っての方がマシだわ!