「帰ろうか」
『あ、今日は柳先生のお勉強会が』
「蓮二と?」
『補講が転じて週一で一週間の総復習会』
トントンと階段を上がれば、幸村くんも付いてきた。
来る?と聞けば行くと言われ、厳しそうな監督が増えるのに冷や汗が背中を伝った。
「名先輩遅いッスよ!って、幸村部長!」
「言っただろう、姓は精市を連れてくると」
F組の教室には顔の青ざめた赤也くんと柳先生が机をくっつけて待っていた。
ご丁寧に4席。さすが柳先生。
わたしの隣に幸村くんが座り、向かい側には柳先生が座っている。
「いつからこういうことやってるの?」
ノートと教科書を準備していると幸村くんが口を開いた。
『わたしは2年の頭から』
「俺はそれのオマケッス」
「姓は一年の頃から数学は赤点続きで、見兼ねた先生に頼まれてな」
斜め向かいで赤也くんがわざとらしく驚くので、隣に座る柳先生が小突いた。
隣の幸村くんはひどく呆れた表情と、少し希望に満ちた色が目から見え隠れしていた。
『幸村くん、勉強教えるから加算とかなしね』
「チッ」
幸村くんが口を開く前に釘を刺した。
案の定だったらしく舌打ちをされ、それを柳先生と赤也くんは不思議そうに見つめる。
「俺が時間をかけて解いたのに横取りするようなものなんだから、対価を貰って当然だと思うんだけど」
ぐうの音も出ないというのは正にこのことかと、ひしひしと感じる。
問題集だって、わたしの惰性が生んだことだから自業自得だし、言われてみれば幸村くんの時間を横取りして楽してるんだから、何言われても仕方ない。
『それに見合う価値がわたしにあるか疑問なんだけど』
「どうかな」
「すまない、なんの話だ」
わたしがいつまでも教科書を開かないので、柳先生が会話に待ったをかけた。
こういうこと、そう言って幸村くんはわたしのこめかみに口付けた。
赤也くんも柳先生も目を見開き、何が起こったのか把握していない。
『93』
「30回追加したよね?」
『うっ!』
さっきのことなのに忘れてた。
123回も残ってると頭を抱える。
「幸村部長とそういう関係だったんスね!?」
『どういう関係よ』
キラキラした赤也くんの反応に幸村くんはお腹を抱えて笑いだした。
ギッと睨みつけると、目尻に涙を浮かべて足までバタつかせて、恥ずかしくて身体が熱くなっていく。
笑う幸村くんを尻目にわたしはこれに至るまでの本日3回目になる説明をした。
「名先輩ってアホ?」
赤也くんの呟きに反論できないほど、自分の浅はかな行動に呆れている。
「部長の気持ちわかるッスよ。名先輩肌綺麗だし柔らかそうで」
「そうだろ?」
さながら自分のもののようにドヤ顔する幸村くんにわかるように大きくため息を吐いた。
『せめて唇は避けて欲しかったよ。恋人でもないのにファーストキス奪われるし、舌を入れられるなんて思ってなかったし』
思わず愚痴ってしまったことに、口を噤んだ。失言。
「精市、それはあんまりでは」
『いいんだよ、柳先生。わたしの蒔いた種なんだから』
ファーストキスだからってそんなに執着してないし。
ある意味衝撃的すぎて永遠に覚えてるだろうけど。
『はい、この話終わり!勉強しよ』
乗り気じゃないけど。