姓のノートを覗き込むと、板書はもちろんのこと、先生の一言メモも書き込まれていて、罫線のないルーズリーフを横向きに使っていた。
びっくりするほど綺麗なノートなのに、なんでこんなに成績に反映されないんだろう。


「姓って面倒くさがり?」


びくりと姓は肩を震わせた。

決め手となったのは、板書をしてある左半分に対して、右半分に筆算の跡があるのだが、簡単な掛け算も途中で計算を終えている。
これがもしかしたら赤点の原因なのではないだろうか。


肩を震わせたのは図星だからか。
はぐらかすようにえへへと笑い、蓮二がため息を吐いた。


「二人は着実という言葉を知らない」
「え、俺も怒られるんスか」


飛び火に赤也が目を丸くする。

赤也は根本的に英語だけに関しては最初から放り出してる気がするけど。
赤也のノートは板書だけだし、それどころかこの辺りで多分寝たという後が見える。

姓は勉強をしないだけで、多分できるタイプ。
ただ、計算を解くのが苦手なのだ。そう確信した。


姓が得意と豪語した理科と社会は、見直すだけでも充分な情報量。
丁寧にその内容が載ってるページまで書き込まれている。
今度休んだ日にノートを借りてみようか。


というか、こんな勉強会があるなら数学の課題とっくに済んでいたのでは。
蓮二のクラスと担当教諭が違うことをいいことに黙っていたのだろうけど。
そのおかげで姓との関係ができたのだ。


『あっ、部活』


時計を見上げた姓がぽつりと呟いた。
蓮二に目配せすれば首を縦に振った。

時刻は下校時間が近付いているというのに、何で思い出した。
それにまだ引退していないのか。


「姓、部活に入ってたの?」
『天文部。7時まで残る許可はもらってるよ』
「そんな部活あったの?」


マンモス校だから地味な文化部や同好会は数多ある噂をよく聞くが、天文部の存在は聞いたことがない。

姓は失敬なと頬を膨らませた。


『まぁ、顧問が退職する今年まででもう廃部が決まってるんだけど。それに無理言って残してもらったから、部員はわたししかいないし』


今まで広げていたノートや教科書をカバンにしまいこむ。


『星座や宇宙のことなら柳先生よりも詳しい自信があるよ』


ドヤ顔で踏ん反り返る姓に、蓮二がぴくりと眉を動かした。
姓より知識がないって言われると癪に障るよね。


「先輩無い胸張っても」
『君まで言うか!これでもD寄りのCです〜!』
「見えねぇ〜」


昨日も言っていたから真偽が気になって思わず手を伸ばす。

わ、本当だ。
手から少し零れるくらいの控えめに見えて大きいみたい。

姓は目を見開いて、何が起こってるのかくるくる考えてるのがわかる。


『触るなら一言言ってよ〜』


困ったように笑っただけで、予想外の返答に赤也も蓮二も椅子からずり落ちる。


「ふ、普通嫌がるもんじゃねぇの?」
『下心があれば嫌かも』


動揺しながら問う赤也に、へにゃりと笑った姓。

ちゃんと保健体育を教えなければならない、そんな気がした。
キスするときも妙に危機感がないのはそのせいなのか?


柔らかかった。
幾重にも重なった布の上から触ったとはいえ、マシュマロなんかとは比にならない。
素肌で触れたら永遠に触ってられるんだろうなと。
これじゃ、下心丸出しで次は嫌がられてしまうなと、姓に触れた手を握りしめた。