「俺もついて行っていい?」
『また?いいよ』
物理準備室から天体望遠鏡を取り出し、外は寒いからと幸村くんにブランケットを渡す。
少し埃っぽいけど、あるのとないのでは全く違う。
屋上に出れば、もうすっかり陽も短くなり、群青に染まった空にため息をついた。
慣れた手つきで天体望遠鏡を組み立てる。
「こんな立派なのが学校にあったんだ」
『大学部からのお下がりだって』
見上げれば都会の明かりで薄明るい空。
新月の日だと言うのに、こんなにも明るいんじゃ星は見えない。
わたしは目がいいし、星の位置がなんとなくわかるから見えてるけど、幸村くんにはちゃんと夜空が見えているのだろうか。
隣を見やれば、幸村くんは星空ではなくわたしをジッと見ていた。
かちりと目が合えば、幸村くんは名と呟いた。
わたしは目を瞑る。
「え」
『あれ、違った?』
幸村くんはわたしにキスをしようとするときに苗字ではなく、名前で呼ぶ。
7回キスされて気付いた。
くすぐったいほどに甘く優しく名前を呼んでくれるから、嫌とは言えずに受け入れてしまう。
キス魔はどっちだ。まったく。
「キス待ちされると、勘違いしそう」
暗くてわからないけど、幸村くんは戸惑っているようで、わたしの手を握った。
「俺、せこいよね」
ギュッと握られた手には汗が滲んでいて、緊張しているのが伝わった。
「俺、姓が好きなんだと思うんだ」
ぽつりぽつりと呟き始めた幸村くんの言葉に耳を傾ける。
「冗談だったんだ、キスの話なんか。振りだった。もっと別の方法で姓を手に入れるつもりだった。
だけどさ、あの時目を瞑って待ってる君を見て止められなかった。舌なんて入れるつもりなかった。ごめん。
あれ一回で満足するつもりだったのに、負けず嫌いの俺に君が煽るんだよ。
ガラガラと理性が崩れたのがわかった。
君に触れたくてキスをしてしまうどうしようもない俺を君は受け入れてくれるんだ。
100回じゃ足りないから、終われば姓が離れてしまう気がして、数を増やしてしまう。
それに姓を目にする男が全員敵に見えて俺のものって見せつけたくて」
『幸村くん』
泣き出しそうな彼の口元にキスをした。
これが背伸びをしたわたしの精一杯。
幸村くんはわたしの唇の触れたところを指で撫でる。
そんな彼の頭を優しく撫でる。
幸村くんはぐっと唇を噛み締めて空を見上げた。
「名」
『ん』
角度を変えて3度唇を啄ばまれたあと、幸村くんの舌が口の中に滑り込んできた。
また背中がゾクゾクとする感覚。
『あっ……』
「ダメ」
ガクンと膝に力が入らなくなって、唇は離れ引力に身を任せ膝をつきそうになったのを幸村くんは許してくれず、抱きとめ再び唇を重ねた。
夜空なんてそっちのけで無我夢中で貪るようにどのくらい口付けをしたのだろう。
久しぶりに肺に入ってきた空気は異様に冷たく感じた。
「何回したっけ?」
『5回?』
もっとかな?
ドクドクと鼓動が止まらない心臓に手を当てる。
マラソンの後みたいだ。顔も身体もポカポカする。
「残り118回かぁ。少ないなぁ」
『充分多いよ』
「また数学が課題出さないかな」
二の舞にならないように、今度は自分で頑張ってみるし。と、宣言しようとしたときに、幸村くんは手を叩いた。
「そうだ、テストが」
『赤点の数だけ追加!?』
「満点に届かないだけ追加!」
『最悪だ!』
頭を抱えるわたしを尻目に幸村くんはクスクスと笑っている。
『こ、このキス魔!』