「金魚ちゃん!授業に遅れるよ!」
『待って〜!』
廊下で待つ友達に筆記具や教科書を抱いて駆け寄る金魚ちゃんと呼ばれた少女。
姓は高校生だと言うのに小学校を卒業したかさえも怪しい見た目をしている。
不器用な頑張り屋で、少し鈍臭く見えるしっかり者。
もはや同級生のマスコットキャラクターみたいな存在。
ちなみに金魚ちゃんというあだ名は、来賓用の玄関ホールにある金魚の水槽の前によくいるからだ。
彼女は生物部で、好きで金魚の世話係をやっている。
前理事長の趣味で設置された巨大な水槽。
あまりに立派で、土佐錦やオランダ獅子頭や琉金のような高い金魚が泳いでいるせいか撤去されずに鎮座している。
その金魚たちはかなりビビリなのだが、姓には寄っていく。
池の鯉もだ。手を叩いてもパンをチラつかせても、彼女以外には無愛想だ。
「蓮二ってさ、金魚ちゃんのこと、好きだよね」
「何」
「ずっと目で追ってるよ」
クラスメイトになった精市が頬杖を付いてニコニコしている。
この笑い方、何か企んでいる。
「ここに水族館のチケットが二枚あるんだ。姓と行ってきなよ」
彼女と行く予定だったのだろうが、季節外れのインフルエンザでダウンしている。
中三のころ、精市に頼まれ告白するためのお膳立てをしたのが懐かしいな。
今回はそのお返しか?
『幸村くんも柳くんもまだ居たの?遅れちゃうよ』
忘れ物を取りに来たのか、教室に戻ってきた姓。
肝心のノートを忘れてどうする。
ちょうどいいやと精市が手招きすれば、ひょこひょことこちらへ来た。
「これ、金魚ちゃんにあげるよ」
『東京の水族館でやってる金魚展!いいの?』
「いいよ。だけど条件。蓮二と一緒に行ってやってよ。こいつも金魚が好きでさ、一人で行くのが寂しいから俺を誘ってくれたんだけど用事があってさ」
この男は嘘をツラツラと。
金魚のような大きな瞳が瞬きをして、首を傾げた。
チラッと俺の方を見る。
『行ってもいい?』
「……あぁ」
『きゃあ!嬉しい!』
断れるはずがない。
精市からチケットを受け取った姓は見たことがないぐらいに頬を緩ませている。
精市はニヤリと笑った。
目から結果を楽しみにしてるよとのプレッシャー。
ノートとチケットを胸に抱いて、姓は先に教室から出て行った。
さて俺たちもと立ち上がる。
「俺からの誕生日プレゼントだ。楽しんできなよ!」
にこやかな精市がポンと肩を叩いた。
生まれて初めてこんなにえげつないプレゼントを貰ったかもしれない。